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生産頭数制限はやるべきではない|名伯楽・角居勝彦の挑戦 4/4

歴史的名牝ウオッカをはじめ、種牡馬としても活躍中のエピファネイアやルーラーシップ、国外でも活躍したヴィクトワールピサやデルタブルースなど、数々の名馬を管理してきた角居勝彦元調教師。2021年に調教師を早期引退すると、家業を継ぐとともに地元・石川県で引退馬支援の活動を開始した。調教師として多くの馬と触れ合い、多くの夢を掴み取った名伯楽の目には、今、どのような第二の夢が映っているのだろうか──。

今回は石川県の能登半島で過ごす角居さんに、自身の掲げる引退馬支援への想い・ビジョンを伺ってきた。


 



急激な生産頭数制限はやるべきではない


第3回「馬主・調教師・騎手それぞれが考える引退競走馬支援」section3


​人材面の課題は、サラブレッドの生産頭数の話にも大きく関わってくる。角居さんは以前、一般社団法人新潟馬主協会の飯塚知一会長、福永祐一騎手と対談を行った際に、「生産頭数は現状維持し、競走馬のレベルをキープした上で、それとは別に引退した後に馬1頭1頭が役割を持てるような仕組みを目指していく」と語った。引退馬を減らすための単純な近道は生産頭数を減らす事のように思えるが、これにはどんな意図が含まれているのだろうか。角居さんは「最後の出口を作らずに入口を狭くしたらいい、生まれてくる頭数を少なくすればいいということが、正解なのかどうかは今のところでは自分自身もちゃんと答えを出せない」としながらも、その真意についてこう語る。

「今、日本のホースマンが扱う馬というのは、生まれてすぐから非常に手厚いサポートが入っているので、サラブレッドであってもここまで大人しく取り扱いができます。この世界レベルのクオリティの馬たちが山ほどの人材を育てているからこそ、今、私たちが引退した馬を取り扱って安心安全に馬の余生に関しての役割作りを進めることができています。その根本を削ってしまって、馬を扱える人材が育たないというような循環の逆転が起こってしまうと全てが一遍に失敗してしまう可能性があるので、急激な生産頭数制限はやるべきではないと思っています」

競馬という興行の売上も相まって、その生産頭数を増やしているということも否定できない事実ではある。今でこそ中央競馬と共に活況に湧く地方競馬だが、かつては次々に競馬場が閉鎖され、不況に陥っていた時期が存在した。そんな中においては資金をどうにか回すために、中央競馬の従事者からすると「もう走れないだろう……」という状態の馬でも、競馬に使っていた。売上が下がり、在籍する馬も少なくなる中、果たしてそんな状態になるまで走らせることが正解なのだろうか。ましてその状態の馬に乗っている騎手は安全と言えるのかというところまで来ると、今度は人も被害を受ける可能性がある。

「そうではなくて、早く引退させてあげられるタイミングを作るというのも、良い循環をつくる1つの手立てだと思います。そこが綺麗にスムーズに回って、引退馬の受け入れもこれだけできましたということになれば、『じゃあこれ以上、無理させるのはやめよう』という話になると思うんです」


生産頭数を制限することよりは、引退した後の馬たちのキャリアや仕事の受け皿を作って馬たちの循環をスムーズにしていくことの方が重要だという。サラブレッドが競馬のために生み出される経済動物である以上、「競馬」という産業の中にいる時に経済性が一番高いことも事実で、その産業から出た後に経済性が落ちてしまうというのも大きな課題であるが、そこで競走馬年金のような制度の構築も選択肢の一つになってくる。

「生産頭数を増やすのであれば増やすためのお金は、引退した後のために使えるようにした方がいい。例えばセリなどで高く売れた馬の何%かは引退した後の何かに積み立てておくという考え方・制度が海外にはあります。日本でも馬業界のみんなが納得してくれる仕組みができるかどうか、検討する余地はあるかもしれません」

このような話は売買の時だけではなく、例えばその馬が競馬で稼ぎ出した賞金やファンが購入した馬券の売り上げ、他にも騎手の騎乗料の一部を積み立てておいて引退した際には後の馬生に活用していくといった取り組みも可能かもしれない。いずれにせよ、「まずは引退競走馬にお金を回して欲しい」という角居さんの言葉が示す通り、引退競走馬の福祉が進んでいる諸外国と比較すると、日本のそれはまだスタート地点といった感じで課題が山積みだ。

「馬を助けていくというのがベスト。馬を使った福祉活動をどんどんやっていきたいのが本来のスタートだったので、馬がどこまで人の福祉のために役割を担っていけるかというところをより技術的、医療的、教育的な観点でのクオリティを上げていくことはどんどんやっていきたいと思っています」

角居さんは自身の“今後の夢”についてそう語った。


写真:石川県移住後の角居勝彦さん(みんなの馬株式会社 提供)

 

取材を終えて


名伯楽の新たな挑戦は、まだまだ課題が山積みだ。新天地に来てから一年半の月日が経ったが、まだ試行錯誤の域を出ない。調教師として多くの困難を乗り越え、圧倒的な功績を積み重ねてきた角居さんは、第二の夢も叶えてみせるのか。

これからもその挑戦に注目したい。

 

取材協力:

角居 勝彦(みんなの馬株式会社 COO)

一般財団法人ホースコミュニティ

タイニーズファーム


文:秀間 翔哉

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

取材・監修:平林 健一

著作:Creem Pan




 


監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)

1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道に進み、多摩美術大学に進学。卒業後は株式会社 Enjin に映像ディレクターとして就職し、テレビ番組などを多く手掛ける。2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」 を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年に Creem Pan を法人化し、Loveuma. の開発・運営をスタートする。JRA-VANやnetkeiba、テレビ東京の競馬特別番組、馬主協会のPR広告など、 多様な競馬関連のコンテンツ制作を生業にしつつメディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにしている。


 

 


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2 commenti


HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
22 ott 2022

競馬は一日12レースありますが、うち一つ(どれになるかは開催当日のお楽しみ😉)を引退馬の余生支援のためのチャリティレースにしてはどうでしょうね?

馬券の控除率(25%)はそのままで、国庫納付金(10%)を一部または全部免除して引退馬の養老基金に充当するとか?


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HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
22 ott 2022

>生産頭数を制限することよりは、引退した馬たちのキャリアや仕事の受け皿を作って馬たちの循環をスムーズにしていくことの方が重要

同感です。特に、急激な頭数削減は避けるべき。

「来週から競馬を廃止します」なんてことになったら、馬の屠畜件数と倒産牧場と失業者が一気に増えて大混乱になります。競馬の廃止は一つの産業の終焉でもあるのです。

ただし、これ以上の競走馬増産については大いに議論の余地あり。

サラブレッドの適正な生産頭数の明確な基準はまだありません。

しかし、ここ数年はアメリカが約20000頭、アイルランドが約9500頭、イギリスは約4800頭、フランスは約5500頭ぐらいで推移しているようなので、伝統的な馬産国でもなく海外へどんどん馬を売っているわけでもない日本の約7000頭という数字は、多いと言えば多い。(あと1000頭ぐらいは漸減できるかもしれない)


個人的には、国と馬業界がこれだけ多くのサラブレッド生産を奨励ないし容認するのなら、作った馬たちの引退後のアフターケアにも資金と方途を提供すべきではないかと思います。

活かせるものは生かす。「使い捨て」を前提にした無制限生産は厳に戒めてほしい。

産業動物の中でも、サラブレッドは「直接交配」「自然受胎」による生産が厳守徹底されていて、和牛や競技馬には認められている生殖補助医療(受精卵の移植、体外受精、顕微受精等)が使えません。クローニングなどもってのほか。単純な人工授精ですら禁止です。

とすると、繁殖において、やはりある程度は数を確保しないと馬質の維持が困難になる。これを理解した上で、最低限どのぐらい生産すれば、競馬需要と競走引退後の利活用とのバランスが取れるのか、本格的に検証すべきだと思います。

農水省、JRA、NAR、乗馬界、引退馬支援団体などが協力して調査に取り組んでいただきたいです。


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