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馬が持つ「本来のバランス」を探る上で欠かせない“提案”と“納得”|藤沢諒


「withuma.」vol.85 藤沢諒さん


 

2019年、一般社団法人ホースサポートセンターを設立して引退競走馬の終生飼養を目的としたコミュニティの運営をスタートした藤沢諒さん。

そして今年2024年には、競走馬育成牧場事業を営む株式会社EQUIFINEを設立した。

数々の取り組みと独自の理論で注目を集める藤沢さんに、馬との出会いや馬づくりにおけるこだわり、さらには引退馬支援への取り組みについて伺った。 


 


負けず嫌いだった子供時代


「馬に携わることになったのは、小学生のころ、家の近くにあったJRA馬事公苑のスポーツ少年団に入団したことがきっかけです。


そこでは選抜された団員で編成されるチームがあって、東京競馬場や宮崎育成牧場などのJRA施設でショーを行うんです。何をやるにも一番になりたい子供だったので、演技においても、普段の練習においても、それは変わりません。チームの仲間が来る前から木馬で自主練をしたり、午後から部班がある日も午前に軽乗をしたりと、のめり込んでやっていましたね」



ホースサポートセンターとEQUIFINEの代表を務める藤沢さん(Creem Pan 撮影)



少年団では、JRA・森一馬騎手らと切磋琢磨をしながら馬への興味を深めた藤沢さん。負けず嫌いの性分からどんどん腕が磨かれていく。競馬業界に入ってからも研鑽は続けていたところ、ある転機が訪れた。


「15歳からは単身で北海道へと渡り、競走馬育成牧場に住み込みで働いていました。転機となったのは、2020年に阿見トレーニングセンターを拠点とする競走馬育成牧場に要職として迎え入れていただいたこと。そこではマネジメント全般を行ってきました。 


そして2024年、慣れ親しんだ同トレセン内に競走馬トレーニング施設を有する株式会社EQUIFINEを設立し、現在に至ります 」



JRAスポーツ少年団の軽乗から育成牧場での調教まで、豊富な経験を持つ(本人提供)


Get a Balance, Get a Win.


「私たちは『Get a Balance,Get a Win.』をいうヴィジョンを掲げて、その馬が持つ「本来の走行バランス」を目指した調教をすることに注力しています。それが馬づくりにおいて、何より大切にしていることですね。


数々の要因の積み重ねによって狂ってしまったバランスを整えて、その馬が持つ能力を最大限引き出して競馬に送り出すことが、私たちの不変の目標す」



EQUIFINEでは確固たるヴィジョンを元に馬づくりに励む(Creem Pan 撮影)


走行バランスが狂ってしまっている馬は、自動車で例えるならば、タイヤの空気が半分くらい抜けている状態で走っているようなものなのだという。こうした状態になると、その馬が持つポテンシャルを発揮できないだけでなく、特定箇所に負荷が集中することでケガのリスクも高まる。馬の走行バランスが整えられることは、リスクを減らし能力を引き出す点で、大いに競走馬のプラスになる要素だ。


「私どもが重要視している走行バランスですが、業界の人であっても意外と軽視されがちな要素でもあります。 


本来のバランスに変えた方が良いのは前提としつつも、今の走り方が定着していてまずまず走ってしまう(成績を残せる)馬もいるので、あえて矯正する必要はないと考える方々がいるのも現状です。 


厩舎によって考え方が異なるのは当然です。うちではバランスを大事にしていても、送り出した先で同じ思想・同じクオリティで調教してくれるかは別の話ですよね。 


ただ思うのは、休養先の牧場と厩舎間の連携がもっと密になれば馬の勝率も挙げられるということ。走行バランスについても休養先の牧場の方との意識共有が進めば、すごくありがたいことです 」



ライダーであり経営者でもある藤沢さんは、日々現場で人馬と向き合っている(Creem Pan 撮影)


1頭の馬に関わる人間は多い。当然、馬に対する考え方やスタンスは様々である。その中で走行バランスの重要性を説く藤沢さんだが、同時に、馬との関わり方において“正解”はないとも考えている。その考え方が、厩舎の経営・マネジメントにも色濃く活きている。 


「大前提として、馬とのコミュニケーションは複合的です。曳き方や、馬との距離感、人の立ち位置、音、アイコンタクトなど…これという正解がないので言語化するのはとても難しいのですが、馬とのコミュニケーションの中には、“提案”と“納得”があります。 


自分で考えたアプローチを馬に提案して、断られたら別の方法でまたアプローチをしてみる。納得されたら成功事例として次の馬にも同じアプローチをしてみて…という繰り返しになります。 


もちろん同じ馬はいないので、前の馬で成功したからといって次の馬で成功するとは限りませんから、いろいろ試してデータを蓄積していく感覚ですね。馬は感情のある生き物なので、こちらの提案に対して「やりたくない」といってくれば、“なぜそれをやりたくないのか”を客観的に見られなければなりませんし、それを言うことを聞かないから力ずくで、というのは全然ダメで…。 


人に対して強く出てくる牡馬や、発情期の牝馬など、場合によっては鞭で叩くなどの交渉もありますが、その使い分けができなければ馬を育てることはできません。 


しかし、正解がないものは再現性もないわけです。使い分けも含めて、自分でトライを繰り返す中で学んでいくものですから、スタッフに対しても、一辺倒に私の指示に従えというわけではなく、それぞれの自由な発想で十人十色、さまざまな馬に対応できる会社にしたいと思っています」




EQUIFINEは藤沢さんと同年代のメンバーで構成されており、いつも明るい雰囲気だ(Creem Pan 撮影)



枠にとらわれない好循環を目指して 


「ホースサポートセンターを始めたのは、育成牧場で調教を担当していた馬が、ケガで競馬に使えなくなってしまったことがありました。その際に『一人の馬乗りとして恩返しができれば』と思い、乗馬を目指すためのリトレーニングを担当させていただいたのがきっかけですね。 


ただ、それはあくまできっかけで、ホースサポートセンターを始めるのはそれからしばらくしてからになります。はじめは霞ケ浦のほうで事業をやろうとしていたのですが、コロナ渦もあって白紙になってしまって…。 


その頃に『舞姫(キンショーユキヒメの2020)』の馬主さんからお話が合って、引き取ることになりました。彼女は馴致の途中で骨折してしまったことで満足に調教を進めることができず、こちらに来て鞍付けなどから始めることになりました」




左に曲がった鼻とたまに出ちゃう怪獣みたいな声がチャームポイントの舞姫(本人撮影)



舞姫は、競走馬となるために牧場で育てられていた1歳の頃、放牧中に発症した鼻梁骨折によって「と畜対象」となってしまった、現4歳の牝馬である。 


骨折によって鼻が曲がり、上顎の成長も止まってしまった彼女は、呼吸もしづらく、夏になると細菌感染するリスクがついて回る。この怪我により競走馬としての道は絶たれたものの、「第2の馬生を歩めるために」と藤沢さんが引き取った。2023年7月からはLoveuma.で『舞姫の部屋』として24時間365日生配信をしていることから、彼女を知っているファンも多いだろう。 


「舞姫を引き取ってから一年くらい経って、今度は、うちで使っている鞍を買わせてもらっている馬具屋さんからご相談を受けました。馬具屋さんから『どうしても生かしたいから乗馬やってくれよ』と言われて引き取ったのが「ショス君」になります」




どんなチャレンジにも恐れない、頼れるお兄さん気質のショス君(本人撮影)



現在、ホースサポートセンターでは、「引退競走馬の価値創造と終生飼養」を掲げて活動する、Biz horse club(ビズホースクラブ)を運営。前出の2頭を同クラブのBiz horseとして繋養している。


大きな収益を生むことのない引退馬を養い続けることは、決して容易なことではない。

だが、藤沢さんは確固たる信念のもとに馬と向き合っている。


「確かに大きい動物なので、餌もたくさん食べるし、馬房代も高いと思います。 


でも手離す気はないし、出すことは1ミリも考えたことがありません。馬なんだから負担なのはしょうがないと思うし、私には子供がいないので、子供だと思えば、という感じですね。 


そもそも、いま自分たちがやっていることは引退馬支援だとは思っていないんです。競馬産業の中で生きている人間ですので、もしうちの馬でどうしても助からないということがあれば、礼を尽くして安楽死の処置をとることに、迷いはありません。 


ただ、今みたいにその馬たちが活躍できる舞台をつくってあげることに、私たちが存在している意義はあるのかなと考えています。 


今は飛越だったり馬場だったり、乗馬も競技ごとにカテゴライズされていますが、そういった枠を超えた何かもっと別のパフォーマンスをして、それで馬乗りが育って、ほかの人が見て楽しんでもらって、それが収益化できて…といったように『枠にとらわれない好循環』を生み出せればいいなと思っています


走る馬・走り終えた馬それぞれを思い、藤沢さんの挑戦は続く(Creem Pan 撮影)


 


 

協力:藤沢 諒(一般社団法人ホースサポートセンター 代表・株式会社EQUIFINE 代表取締役)

取材・監修:平林 健一

文:片川 晴喜

編集:緒方 きしん

著作:Creem Pan

 


1 Comment


藤沢さん、小さい頃から軽乗のレッスンをしておられたのですね。

その身体能力の高さが、引退競走馬のための新しい競技種目の創設やホースショーのプログラム作りに役立つのではないでしょうか?


「タイヤの空気が半分くらい抜けている状態で走っているようなもの」という感覚、なんとなくわかる。

自分が馬の重心に合わせてあげられなくて、彼/彼女の本来のバランスを崩させた状態で動いてもらっているとき、なんとも言えず気持ちの悪いチグハグな感じが体に伝わってきます。

ここで困るのは、サービス精神旺盛な仔が「壊れたバランス」に合わせようとしてくれること。

人間は慌てて「正しい方」に戻そうとがんばるから、ますます動きがずれて馬によけいな負荷をかけてしまう 。🐴💢 😰🙏🏻


競馬でレース本番にこんな調子だったら致命的ですよね。

「走行バランス」に着目した馬づくり、だいじだと思います👍


藤「これをやってみよう」

舞「やりたくない」

ショ「なぜやりたくないのか?」

☝️

こういう生産的な話し合いを重ねて人馬のより良い関係が育っていきますように!

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