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ヒシミラクルやホッコータルマエも担当した装蹄師は、生産・養老牧場を経営する「三刀流ホースマン」 by 荒木貴宏さん


「withuma.」vol.82 荒木貴宏さん


Profile

お名前:荒木貴宏

居住地:北海道

年齢:50歳

 

第82回は、装蹄師、競走馬生産、功労馬の飼養管理と三刀流のホースマンである、荒木貴宏さんです。

いったいどのような「withuma.」を送っていらっしゃるのでしょうか?

 


荒木貴宏さんの「withuma.」



北海道日高郡新ひだか町で生産牧場を営んでおり、今年で開場から50年くらいになります。

基本的には生産牧場なので、サラブレッドを生産して売ることが生業ですが、「荒木功労馬サポーターズ」を主軸として引退功労馬の飼養管理も行っています。

生産頭数は今年9頭、毎年平均10頭前後で、引退功労馬も今までに10頭以上受け入れました。


写真:本人提供


功労馬の繋養を始めて20年くらいになりますが、引退馬協会の前身である「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」より案内が送られてきたことがきっかけでした。

その当時は、今ほど活発に競走馬が売買される時代ではなかったので、たまたま空き馬房もあったことから受け入れてみようと。

初めにマイネルスティングという馬を預かったのですが、元々居た福島県の牧場が閉鎖することになって、牡馬のままでうちへやってきました。

気性の面で、セン馬・牝馬は受け入れられやすいのですが、牡馬のままだと敬遠される傾向があり、行き先がすんなりと見つからなかったのかもしれません。

その3年後くらいには、ブライアンズロマンやトーシンブリザードがやってきました。


今年で「荒木功労馬サポーターズ」も12年目。

引退功労馬の引受先が無い時に、すぐ受け入れてあげないと行方不明になってしまうので、サポーターズという組織があることによって事がスムーズに運びます。

引き取っても会員さんが集まらないとランニングコストが苦しいけれども、会を作っておけば突発的なケースにも対応できるので、その仕組みを考えました。

現在は50人近くの会員さんがいらっしゃって、所属馬はエスケープハッチのみですが元気に暮らしています。



馬の飼養管理においては、「馬が食べること」に重きを置いています。

放牧地では甘みのある青草を食べさせてあげたいので、有機肥料だったり堆肥を入れていますし、飼葉に関しても馬が喜んで食べてくれるもので、かつ健康に生活できるように、腸内環境を整え、消化吸収を良くしてもらえるエサづくりを心がけています。

特に引退功労馬は健康で長生きすることが大切だと思うので、獣医さんになるべくかかることなく、食べることで予防したり、健康を維持したり、そういった"馬にとっても無理のない形"を模索しながら日々管理を行っています。

また、引退功労馬は激しい運動を行いませんので、与えすぎて太らせ過ぎないように注意しています。

最近は横のつながりでの情報共有も増えてきたので、餌のアドバイスだったり、馬に与えるサプリメントでも、引退馬を養っている者同士で良い物を見つけたら共有したりもしていますね。


写真:本人提供


今後の目標ですが、「今までやって来たことを継続できるか」ということでしょうか。

近年の競走馬生産は、全体的に売り上げも良くなって、生産頭数が増えてきています。

しかし生産過剰によって徐々に馬が売れなくなってきている部分もあり、このままの流れでは馬の値段も下落傾向に入って来ると思われますので、牧場経営という視点では不安もあります。

また、功労馬についても同じで、過剰に生産されてしまうと、競馬で走った後にちゃんと受け入れ先が見つかって、功労馬として無事に余生を過ごせる環境が整えられるのかという不安があります。

例えば新種牡馬が増えると、スタリオンが繋養できる枠も決まっているので、ところてん方式で引退する種牡馬も増えますよね。

そういった馬が余生を送れるのかという不安もあります。

 

今でこそ多くの引退馬支援団体が取り入れているサポーターズ制度は、「荒木功労馬サポーターズ」が起源だったのですね。


引退した馬は、すぐに引き受けを決めないと行方不明になる。

確かに馬を出す側の人からすれば、一日伸びるごとに飼養管理費がプラスで掛かりますし、お金を生み出すことの無い馬を手元に置いておくメリットはありませんよね。

業者さんであれば、すぐに来て引き取ってくれますが、個人であれば、お金の工面であったり、預託できる牧場を探したり、そういった判断や決断をスピード感をもって行わなければいけません。

サポーターズ制度であれば、引き受けてきた馬を皆で支えるので負担が偏りませんし、プール金があることで一旦はお金の心配も要りませんから、とても画期的な仕組みだと改めて感じます。


健康は「食」から。

私たち人間も幼少期から食育を受けますが、健康的な食事をはじめ、「食べることの喜び」というのも大切ですよね。

「甘みのある美味しい青草を食べさせてあげたい」という馬ファーストな方針は、馬の心身の健康においても素晴らしいお考えだと感じました。

荒木さんの飼養管理に対する方針に関しては、『引退馬コレクション』ロードクロノス編でもお伺いしております。

ご興味のある方は、ぜひそちらもご一読ください!

 

荒木貴宏さんの「Loveuma.」



馬は匂いにも敏感で、何事も繊細に感じるところがあります。

その人が害を与えないだとか、怖がっているだとかをとても察知する動物で、そういった本能の部分が研ぎ澄まされているのでしょう。

乗っていても、この人が"乗れる人"かどうかを感触で理解するみたいで、乗馬のシーンでよく聞く「なかなか動いてくれない」というのは、馬が人を分かってそうしているのだと思います。


いろんな馬とこれまで接してきて、僕は"馬に好かれる人間"だと感じています。

例えば、他所の馬でも僕には寄ってきてくれますが、中にはそうでない人もいて。

僕は装蹄師の資格も持っているので他の牧場さんに行く機会もあって、多くの馬との関わりの中で、そういった"馬に感知される何か"が醸成されているのだと考えています。


装蹄師として仕事で関わった馬はたくさんいて、例えばヒシミラクルのトレーニングセールに出る前の装蹄だったり、ホッコータルマエが1歳の頃にも削蹄をしていました。

その数多いる馬の中で印象に残っているのが、ドルフィンボーイという競走馬です。

彼の専属の厩務員さんも何回も振り落とされたり、壁まで突っ込んで行って寸前で止まったりと、調教するのも大変な馬だったのですが、当時広島県に削蹄の勉強で行った際に、そこへドルフィンボーイが休養で来ていて、はじめは大変な馬だったけど毎日触っていくうちに大人しくなったのです。

その経験から、人の関わり方で馬の性格も変わってくるということを実感しました。

人には中々見せない一面を垣間見れるのが、この仕事の面白みでもあると感じています。


そして、もう一頭印象に残っているのが、装蹄師2年目の頃に出会った馬です。

その馬の名前はフジノマッケンオーといって、彼がダービーに出走するという時に、レースの2週間前に脚が腫れて出走できないかもということになって、福永守さんという僕の師匠と一緒に栗東までいって特殊蹄鉄を作って打ったことがありました。

通常の蹄鉄に皮を付けて厚みを出した特殊な蹄鉄を付けるのですが、それを打つのが大変で。

まだ未熟な自分が打てるのかという不安もありましたが、結果無事ダービーに出走して4着になってくれました。

彼は、僕に装蹄師としての自信を付けてくれた馬ですね。


また、前出の師匠・福永守さんにも、いろいろなことを教えていただきました。

以前は、馬の値段が高いと、削蹄していても切りすぎちゃいけないと思って切らないとか、そういったように躊躇してしまうところがあったのですけど、本来はそういった先入観を排除してやらなければいけないものです。

そういった装蹄師としての心構えや、馬との向き合い方、どんな馬にも手を抜かずにやるという事を教えてくれたのが福永守さんでした。

 

生産と養老に加え、装蹄師としての一面も持たれていたのですね。

ヒシミラクルやホッコータルマエなど、競馬ファン歴の浅い私でも聞き馴染みのある馬名が登場して驚きました。

また、特殊蹄鉄というものも初めて知りました。

その甲斐あってか、フジノマッケンオーは脚部不安を打ち破ってダービー4着に好走し、以降重賞4勝を挙げる活躍をしたのですね。


福永守さんは「馬の神様」の異名をとり、「現代の名工」にも選ばれた装蹄師界のレジェンド。

荒木さんが享受された師匠からの教えは、装蹄のシーンに限らず、今の競走馬生産や功労馬の飼養管理にも生かされているのだと感じました。

 

引退馬問題について



昔は引退した種牡馬でも知らずのうちに行方不明になっていたことがありましたが、近年はSNSも発達して、昔に比べ情報が見えやすいので、知らずに処理できないようになっていて、無償で譲渡することが増えたように思います。

引退する際にスタリオン側から引退馬協会に問い合わせがあったり、イーストスタッドやアロースタッド、ブリーダーズスタリオンステーションさんなどが出している種牡馬も、行き先をしっかりと探している印象です。


写真:本人提供


功労馬を飼養管理している立場としては、情報を発信する上で誹謗中傷を受けることが、今の時代の難しいところでもあると感じています。

例えば、「もうちょっとエサをあげた方が良い」とか批判されることもあったり。

極端に痩せ細るのは良くないですが、功労馬として、それなりの必要最低限のエネルギーが取れて健康に生きているなら批判することでもないのでは、と個人的には思います。

少しでも功労馬の為に寄付するなり、青草や人参を送るなどしている方であればいいと思いますが、そういった事は一切せずに批判だけされる方もいるので、それはどうなのかなと。

やっている側としてはベストな状態で管理していても、批判されると良い気分ではないですよね。


引退馬問題については、まだまだ改良の余地があると思いますが、解決したいなと思っても、「打開策」となると…難しいですね。

ただ、僕らが引退功労馬を預かった当初から見ると、状況は良くはなってきています。

今は引退馬を受け入れる牧場も増え、繁殖牝馬でも産駒が活躍した馬は功労馬として養い続ける牧場さんも増えてきていて、そういった考え方が浸透し始めていると感じます。

また、JRAの引退功労馬の助成金や、馬主会からも助成金が出たりしているので、引退馬に関する環境の整備であったり、受け入れ先自体が増えたりと、状況は良くなりつつあるのではないでしょうか。

ですから打開策というよりは、20年前から今までの様に一歩ずつ浸透していくものかなと考えています。

 

おっしゃる通り、SNSが発達した現代では、一般人が得る情報の量とスピードも格段に増し、「あの種牡馬が引退して、どこに行ったらしい」という情報はすぐに拡散されるようになりました。

監視の目がある以上、安易に処理できない状況が生まれており、責任感を持った引退馬の扱いが散見されるようになってきたと私も感じています。


情報発信に対する「ご意見」については、荒木さんの仰るように無責任な批判は控えた方が良いと私も思います。

一方で、ずさんな飼養管理であったり、馬の尊厳を脅かす運用などは、多くの人が監視することで未然に防ぐ、またはその環境下に置かれている馬を保護することが可能になるかと想像します。

「もうちょっとエサをあげた方が良い」というご意見は、もちろんそのケースによりますが、まず「養老馬の健康的な馬体」というものが正しく理解される必要があると感じています。

一般の方が普段目にする馬は、多くの場合、現役の競走馬や乗馬馬だと思いますので、身体がパンと張って筋肉ムキムキで~というイメージを持っています。

それと同じ様に養老馬を捉えてしまうと、どうしても痩せているように見えるかもしれませんね。

ですが、現役の競走馬や乗馬馬はいわばアスリート選手であるのに対して、養老馬は激しい運動もしないので、濃厚飼料を与える必要もありませんし、荒木さんの仰るように「それなりの必要最低限のエネルギーが取れて健康に生きている」ことが大切だと思いますから、この辺りの認識の齟齬が解消されることが何より肝要かと感じました。

 

 

今回は、装蹄師、競走馬生産、功労馬の飼養管理と三刀流のホースマンである、荒木貴宏さんの「withuma.」を伺いました!

隔週月曜更新してまいりますので、次回もよろしくお願いいたします!


 

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協力:荒木貴宏さん 取材・文:片川 晴喜 編集:椎葉 権成 著作:Creem Pan

 


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