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「生かすことが幸せなのか」家畜商・X 2/3



馬の仕入れ


 最近はトレセンから競走馬登録を抹消した馬を仕入れることは少なくなっている。家畜商に渡さずに、直接乗馬クラブに寄贈する形を取ったり、一旦牧場に出してワンクッションを置く競馬関係者が多いというのがその理由のようだ。  「我々は廃馬という表現をするのですが、ほとんどが乗馬=廃馬です。つまり乗馬は廃馬の隠語ですよね。トレセンから牧場等に出た馬を取りに行くケースが増えています」  Xさんがこの仕事を始めたばかりの頃は、廃馬の値段はほとんどタダであった。  「肉の相場もいくらでもなかったので、1頭売って何十万も儲かるということはなかったです。1番多い時で年間250頭ほどいました。今は現状で年間約200頭の馬を、売り買いしています」  JRAの3歳馬の未勝利戦が終わりに近づくにつれ、廃馬の数も増えていく。  「未勝利が終わる時期が段々早まってきていますけど、少し前までウチの牧場では9月、10月は3歳未勝利馬ばかりになりました。全体の割合をみると、ほとんどの競走馬が3歳で淘汰されているのが現実です。ウチに来るのも、6、7割は3歳馬だと思います」  残りの2、3割は1勝クラスの馬や、5歳~7歳の怪我をした馬、1割程度が未登録や未出走の馬、または北海道から直接仕入れた馬、そして乗馬クラブから上がってきた10歳以上の馬となる。最近では北海道から年齢を重ねた繁殖牝馬を仕入れることもあるが、それも全体の1割に満たない。経産牛(出産を経験した牛)と若い牛では肉質が違うように、馬も経産馬は単価が下がるが、商売上の付き合いもあって繁殖牝馬を引き取ってくるケースがあるとのことだ。


(資料:Creem Pan作成)


出荷まで


 Xさんのもとに集まってきた馬たちは、どのように出荷の時を迎えるのだろうか。

 「100日ほど肥育期間を経て、順番に出荷という流れになっています。ただしそれは品質の良い肉を必要としているところに納めるというウチのスタイルであって、全ての業者がそうとは限りません」

 Xさんの牧場から出た馬たちのほとんどが直接食肉を扱う業者に渡るほか、九州にある日本一と言われる食肉卸業者にも出荷される。また芸能人御用達の、日本一の馬刺しと呼ばれる富士山周辺にある食肉業者の仕入れも一手に引き受け、年間120頭ほどがその業者に渡っている。

 サラブレッドの肉は、どれだけ長く肥育してもサシ(赤身肉の間に入る白い脂身の線)が入ることはないのが特徴だ。

 「サラブレッドはどこまでいっても赤身です。ただ脂がない分、赤身肉はヘルシーでさっぱりしているので、食べやすくとっつきやすいです。ただ九州ではサラブレッドは所詮赤身ということで商品としての価値は下がり、単価も(他の品種の肉より)安いんですよね」

 だがXさんのメインの顧客は自衛隊員であり、 肉体づくりの上で重要な、たんぱく質が豊富で脂質が少ない赤身の馬肉が重宝されているという。


馬の引き取りを断る


 馬に愛情を持ち、こだわりの飼養管理をし、良質な肉質の馬を出荷しているXさんのもとに、名の知れた馬が入厩した。地方競馬で有名だった馬で種牡馬経験もあった。北海道のとある生産牧場からXさんのもとに来た21歳のその馬は、すこぶる健康状態は良く元気だった。その馬には女性ファンがついており、北海道の生産牧場で繫養時にも彼女は何度も足を運んでいた。

 そのファンからXさんのもとに『馬を引き取りたい』と早速連絡が入った。コロナ禍で飲食業関係が打撃を受けており、当然食品の流通にも影響が出て馬肉の値段が下がっていた頃だった。

 「その女性はいきなり『今、肉の値段は安いですよね?』と言ったんです」

 この一言が、Xさんの怒りを買った。

 「仮にこの馬がタダでウチに来ていたとしても、輸送代などの経費もかかっているわけで、タダであってもタダではない。それがわからないこと自体が、僕の言葉で言うと素人です」

 風向きが悪い方に傾いたと察したのだろうか。女性はいくらなら売ってくれるのかと、Xさんに伺いを立てた。

 「100万円と言ったら買えますかと聞いたら、買えませんと答えるわけです。その段階で、買う資格はないと思いました。僕が仮に100万円で売ったとしたら、20歳超えの馬にそんな値段をつけて売ったと必ず言うと思うんです。逆に(女性が買えるであろう)10万円で売ったとすると、(馬の飼養管理の)素人であるその女性が果たして馬を良い状態で管理できるのかが不安でした。この2つのどちらを選んだとしても、僕の本意ではないので今回は諦めてほしいと断りました」

 Xさんは断った後、なぜ北海道の牧場にいる間に引き取りを申し出なかったのかを、その女性に尋ねた。すると、その馬の残りの馬生と自分の財布の中身を計算したと答えた。

 「今21歳なら、(寿命は)あと2、3年くらいかもしれない。それなら預託料が月10万としても200万円~300万円あれば、最期まで命を全うさせてやれるかなと計算をしているわけです。そんなことを考えて自分の子供を育てる親はいるのかという話ですよ。自分の好きな馬なのに、そのようなずるい考えで電話をしてきたのかと思いました。本当に馬を愛する気持ちがあるのか疑問を感じました」

 結果、馬は屠畜に回った。

 「その馬が素人のファンに引き取られて、ちゃんとした飼養管理もされないでストレスを抱えて生きていくのが良いのか、それとも食肉の方向に持っていくのが良いのかを考えて、僕は後者を選択しました。そのファンがずっと追いかけてくるのも嫌でしたし、現実をわからせる手段でもありました」



このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。


 

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