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「生かすことが幸せなのか」家畜商・X 3/3



生きる=幸せ、なのか

写真:Xさんが管理する出荷前のサラブレッド(撮影:片川晴喜)


 「すべての馬を生かしておくことが幸せなのか」

 インタビュー中、幾度かXさんの口から出た言葉だ。これは引退馬支援を考えていく上で、重要なポイントのような気がする。命があれば幸せ。これが普通の考えだ。だがそれは自分で生き方をある程度選択できる人間に限った話だ。犬や猫、馬といった人に飼養される動物たちは、生き方を自ら選べない。体の大きな馬たちは、特に出会った人によって運命が左右される。

 「乗馬クラブの練習馬が、素人のお客さんをポコポコ乗せて楽しませていますよね。その様子を人間の子供に置き換えると、その子にあれやっちゃダメ、これやっちゃダメと多くの制限をしているように見えます。社会人でも、サラリーマンとして勤めていける人とそうではない人に分かれますよね。馬も一緒なんです。(人間側が与えた規制に)耐えていける馬ではないと、練習馬として成り立たちません。我があってはいけないですし、餌の量を減らして稼働時間を長くしたり、過度な運動をさせて、必要以上に暴れないようにしているのが練習馬です。それを単純に、生きているから幸せという表現1つで片付けてしまうのは、私たちの立場からすると大きな課題だと思っています」

 また昨今、認知されつつある引退馬支援についても、思うところがあるとXさんは言う。  「年間7,000頭も生まれてくる馬を、全頭救えるはずはないです。そこをとやかく議論すること自体がナンセンスですし、素人なんです。例えば、映画『今日もどこかで馬は生まれる』の中で、乗馬として売れていくまでに1年半かかると言っていた場面がありましたが、1年半でビジネスになる馬は10頭のうち1頭ですよ。これはデータがあるわけではなく、あくまで自分の感覚ですけど。乗馬になれた場合でも、途中までは良くても最終的にはお払い箱でしょ。いろいろな理由があってウチではもういりませんとか、良い馬が新たに入ってきたら、別の馬が不要になるのが現実です。ではそのお払い箱になった馬を救ってくれる人がいますか?いたとしてもどう救うかによって、その馬が本当に幸せになれるかどうかわかりません。馬は喋らないですから、残念ながら結論は出ないんです。結論の出ないことを一生懸命やって、現実を知ったところでそれが引退馬の支援に繋がるという考え方はやめた方がいいと思います」

 引退馬支援とは一見対極にあるXさんのような家畜商という存在。だが、競馬界や乗馬界から引退した馬の命を全うさせるという意味でも、巨大化した競馬産業を循環させていく意味でも、食肉としての馬の需要は究極のセカンドキャリアといっては語弊があるだろうか。

 「馬たちを守っていく活動をしている人を何の否定もしません。お互い様です。これはもう本当に二分化ですから。お互い二分化でいいんですよ。私のような仕事で成り立っていて、それでご飯を食べている人がたくさんいるわけですから」

 競馬が続き馬が生産される限り、Xさんの言う二分化も恐らくなくならないだろう。だが昨今の引退馬支援のうねりの大きさも見逃せないものがある。特にウマ娘の登場により、そのうねりは一層大きくなった。

 「馬は生きていれば幸せなのか?」

 Xさんの発したこの言葉は、引退馬支援活動をする人、引退馬を繫養する人々への宿題だと受け取った。馬たちがイキイキと気持ち良く過ごせる快適な環境を提供することこそ、引退馬支援活動において、1番重要なポイントだと思うからだ。


どうしても伝えたかったこと


 これまでXさんのような家畜商が引退馬問題について公に意見を発信することは、ほぼなかった。ではなぜ今回、取材を受けてくれたのかー。Xさんにその質問を投げかけると、どうしても伝えたかったことがあるという答えが返ってきた。

 「(引退馬を)支援することは全然反対じゃないし、そういう人がいても全然いいと思います。その一方でサラブレッドは経済動物であって引退馬支援というビジネス、そこにマーケットが存在しているという現実も知ってほしいのです」

 確かに養老牧場にしろ、引退馬支援団体にしろ、他ならぬCreem Panも、活動に賛同した方々からの出資を収入の一つとして活動をしている。

 馬肉を食す文化があり、その需要を満たすためにXさんの仕事があるわけだが、「人を乗せる需要がなくなった馬で、別の需要を満たして収入を得る」という観点では、確かにどちらも「馬を使ったビジネス」と言えるのかもしれない。

 「引退馬支援をする人は良い人で、馬を肉にする人は悪い人という考えはそもそもナンセンスです。競馬や乗馬、繁殖等で需要がなくなった馬を生かしたいと想う人は、活動を一生懸命やればいいことです。でも、それにも限界があるということに気づいてほしいです」



資料:日本馬事協会「馬関係資料」より(Creem Pan調べ)


 JRAも内部に引退馬支援を主とする組織を発足させるなど、近年、引退馬支援の波は非常に大きなものになっている。しかし、ここ10年の数字を見ても1年に平均6,974頭の馬が生産される一方で、中央競馬では1年に平均5,309頭、地方競馬では1年に平均4,882頭の馬が「引退馬」となっている。馬の平均寿命は20年とも30年とも言われている中で、全ての引退馬が何らかのキャリアを得て生き続けることは、かなり困難だと言うのが現実だ。

 「馬という動物を飼う以上はプロ意識を持った人が、馬と真摯に向き合って最期を看取るというのがあるべき流れであり、そういう馬は表には出ないだけで実際にいますから。何もそこ(救われない馬)だけを取り立ててクローズアップすることではありません。(引退馬支援の活動をしている方々などが)全ての馬の面倒を見れるならどうぞやってみてくださいという話ですよ。すべてを生かすことは不可能だし、すべてが肉になるということもないというのが、現実です」


Xさんの素顔


 実はXさんには、最期を看取った愛馬がいる。趣味が高じて、最初に購入した馬だった。

 Xさんのもとには廃用になった競走馬、乗馬が次々とやって来るが、愛馬が使用している一馬房分、新規の馬を入れられないわけだから、商売の上でも支障をきたす。

 「ところてん方式でいったら、いの一番に、はき出さなければならないのがその馬でしたが、家族みたいな存在になっていましたし、とても葛藤していました。生きて元気なうちに自分の手から離そうと何度思ったことか。でもこいつが今の商売の原点、起点になっていましたし、自分をホースマンとして見てくれる人が周りに段々出てきたのも、こいつがいてくれたおかげだと思ったから、せめてもの恩返しで、最期まで面倒をみて看取りました」

 この馬以外にXさんが最期まで面倒をみた馬はいない。それだけXさんと縁があり、特別な存在だったに違いない。

 「その馬は22、3年一緒にいて、一昨年老衰で亡くなりました。27年生きましたから、長寿だと思います。前の日与えた餌をペロッと食べて、朝来たら冷たくなっていました。前触れも全くなくて、本当の老衰だったと思います。今年の8月でちょうど2年たちます。死んだ時はさすがに泣けましたよ。で、最期はワイヤー一本でビューっと吊り上げられて。二十数年間可愛がった馬を運ぶその業者にありがとうございましたって言われたんですけど、こっちにしてみたら、何もありがとうじゃないよ…、っていう気持ちになりました」

  

 馬と人との別れのシーンを幾度となく目にするたびに、馬は感情の動物だとヒシヒシと感じるとXさんは言う。

 「馬はしゃべらないですけど、すごく感情のある動物です。競馬場に馬を引き上げに行って、馬運車に乗せます。厩務員さんが『じゃあな』ってポンポンとやると、ほとんどの馬が鳴きます。可愛がられてきた馬たちは、ヒーンと1回鳴きます。仲間となのか、その厩務員さんとのお別れに対してなのか、わかりませんけど」

 そして意外だったのは、Xさんが馬刺しを口にしないことだった。

 「やっぱり自分の中で何かがあるんだね。自分で手塩にかけて、世のため人のためと商売をしているだけで、馬刺しは決して好きではないし、食べようとは思わないです。人にはおいしいから食べてごらんと薦めてはいますけど、自分から喜んでは食べないです」


 最後に、戒めのように語った次の言葉が、印象に残った。

 「例えば北海道の牧場などと比較した場合、こんな3m真四角の厩(うまや)に入れられて、ウチにいる間は大事にしてますよと言っても、もしかしたら外に出て走り回りたいと馬は思っているかもしれません。わからないですよ、馬が本当は何を思っているのかは。だから僕のしていることも、そのほかのすべて(引退馬支援も含めて)のことも、人間のエゴの究極。それに尽きると思うんですよね」


 

取材を終えて


 今回は直接職場に出向き、述べ4時間もの間、普段は決して聞くことができない仕事の内情から、馬の行く末に纏わるエピソードまで、存分に語っていただいた。現実主義の思想に、馬への情感が混合して生まれる、ホースマンとしての誇りが、Xさんが持つ言葉の強さを生んでいるのだと感じる。

 「生かすことだけが馬の幸せなのか」という厳しい言葉と、優しく馬を撫でるその姿を目にして、今一度、引退馬問題の難しさを考えさせられた。

協力:家畜商・X 取材:片川 晴喜 文:佐々木 祥恵 構成・編集:平林 健一 著作:Creem Pan


 

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このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。

 


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