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「生かすことが幸せなのか」家畜商・X 1/3


今回は家畜商・Xさん(仮名)


 第3回は、いわゆる馬喰(ばくろう・正式には家畜商)の1人にスポット当てる。

 競走馬登録を抹消時に、繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)、地方競馬(JRA所属馬が抹消された場合)、乗馬、研究、使役など、引退後の用途も発表される。そして登録を抹消された馬たちを買い付けて仲介するのが、家畜商の仕事だ。今回取材した家畜商・Xさんのもとには、年間約200頭の馬が出入りしている。ここから本当の意味での乗馬として乗馬クラブへと行く馬もいるが、大多数は屠畜の道を辿ることになる。今回は家畜商・Xさんの仕事内容やこだわり、収入源と売り上げ、仕入れから出荷までの流れをはじめ、仕事上でのエピソードや引退馬支援の哲学、人物像など、これまであまり表に出ることなかった家畜商の実情を、匿名という条件のもとで紹介させていただく。



写真:家畜商のXさん(撮影:片川晴喜)


 中部地方のとある街で生まれ育ったXさんは、小学生の頃から馬を使ったお祭りに参加するようになった。馬が好きだったXさんにとって、この祭りと馬が彼の原点となっている。やがて全国各地で開催されている草競馬に、他の人が所有する馬で参加するようになった。競馬場に出入りをしたり、家畜商とも知り合いになり、その仕事を手伝うようになった。それまでは馬とは全く関係のない建築業界の職業に就いていたが、社会人としてゆとりが出てきたこともあり、趣味が高じて自らの馬も購入した。

 「やがて家畜商として独立をしたのですけど、馬が最終的に肉になっていることを知らずにしばらく仕事をしていました。独立前に親方について仕事をしていた時は、景気が良くて2万頭くらい生産されている時代で、馬は毎日のように競馬場からはき出されてきていました」

 その馬たちすべてが、Xさんのような馬が好きな人の元へと送りこまれていると思っていたといい、当時は馬のセカンドステージ、サードステージについて特に考えることもなかった。そのような時期を経て家畜商に従事して、かれこれ16年~17年ほど経過した。


馬喰という仕事


 Xさんの施設には、常時40頭ほどの馬がいる。競馬や乗馬、あるいは繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)用として不要と判断された馬を、それぞれの繫養施設や牧場から引き取ってくるのが、Xさんの業務の一つだ。ほとんどが食肉用で、出荷に向けて肥育をしている。他には乗馬クラブからの依頼で馬術競技会場への輸送や、地域の祭りに馬を貸し出す仕事も請け負っている。

 いずれ屠畜される運命にある馬たちが大多数ではあるが、その飼養管理にはプロとしてのこだわりがある。

 「今ここにいる馬たちの命を数か月後に断つことが幸せなのかどうかは、実際はわからないです。ただ一番大事にしているのは、せめて私のところにいる間だけは、ウチに来て良かったと思われるような扱い、管理をするということです」

 たいして手をかけずに、放置に近い状態にする同業者もいるようだが、最終的には、その業者の馬もXさんの馬も行きつくところは同じだ。それでも「せめてウチにいる間だけでも、快適な環境で過ごさせてやりたい」その一心で毎日馬房の掃除をし、飼い葉桶、水桶も必ず洗って清潔に保っている。その根本には「馬が好き」という気持ちがある。日々馬の状態を観察し、健康管理に気を配り、一番最善の形で自らの手を離れるような仕事をすることを心がけている。

 食肉になる馬であれば、屠場に運びこむまでがXさんの仕事だ。

「屠畜をされて肉になったらそこからはお肉屋さんの仕事、その先にいるのは一般消費者です。私が仕事をした先には、屠畜業者、お肉屋さん、消費者と二人も三人も喜んでくれる人がいるのです」

 Xさんの牧場から出荷される馬肉は良質ですこぶる評判が良いため、馬肉を売りたい、馬刺しを購入したいという問い合わせがたくさん寄せられる。

「だから私は、悪いことをしているという気持ちにはならないんですよね」

 とXさんは吐露した。確かに肥育場から馬を助けて生かす人が善で、家畜商や肥育場、屠場などで食肉にかかわる人々を悪とする風潮が少なからずある。それをXさんも感じているようだ。だが馬喰や肥育、屠畜を生業にする人がいるからこそ、競馬や乗馬などの馬業界はスムーズに回り、成り立たっているというのは紛れもない事実だ。そう考えると、彼らは決して悪の存在ではない、むしろ馬業界に貢献しているといえよう。


写真:Xさんが経営する厩舎(撮影:片川晴喜)


収支の内訳


 Xさんの収入源は食肉用や馬の売却代(乗馬クラブに売却する場合もある)、祭りなどイベント等へのレンタル代、馬術競技会時の馬の輸送代だ。その中で、食肉関係の売り上げが7、8割を占める。競走馬を引退した場合、その多くが乗馬という名目で用途変更されるが、そこから食肉になるのが6、7割ほどなので、競馬から乗馬に転用されている数とほぼ比例しているのではないかとXさんは言う。


 Xさんの施設では、家賃、餌代、敷料代、人件費などの諸経費を含めて、1頭につき1か月およそ5万円かかっている。常時40頭ほどいるので、単純計算で月200万円の支出だ。仮に食肉として30万で売るとすれば、10万以下で馬を仕入れないと十分な利益は出ない。そこに馬を運ぶトラックの燃料代など2万円程度が加算され、利幅は18万ほどになる。ちなみに取材時現在、Xさんによればサラブレッドの肉は100グラムが500円~1,000円ほどで店頭に並び、販売されているという。 


 食肉関係が総売り上げの7、8割、残りの2、3割が乗馬クラブ用の馬の売却代、お祭りに使用する馬のレンタル代、及び馬術競技会の輸送代となる。祭りの場合、大きな神社から直接仕事を受けると、餌代の足しになるくらいの金額にはなる。泊まり込みで 2日間に渡ると、その倍の金額だ。小規模な神社や祭りの場合は、それより少ない金額で請け負っている。祭りによっては、馬が暴走して観客に被害が及んだり、車に衝突して破損させた場合の保険代込みの場合もある。



このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。


 

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