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“大きな差”の正体とは…サラブレッドだけが特別なのか? 1/2

4億1,000万円と286万円。

いずれも日本で取引された馬に付いた値段である。

前者は2021年のセレクトセールで取引されたサラブレッドの最高価格、後者は同年にホクレン馬市場で取引された農用馬の最高価格だ。同じ馬のはずなのに、これほどの価格差がある。なぜサラブレッドばかりが特別な価値を見出されるのか。


形の異なる馬たちを取り巻く世界を見つめ、それぞれの馬の現在地と将来を捉えていきたい。



サラブレッドは特別な世界を生きているのか


2021年7月13日、苫小牧のノーザンホースパークでサラブレッドのセリ市場「セレクトセール2021」が開催された。


そこで行われた当歳(0歳)馬の取引で、『セルキスの2021』に4億1,000万円の値がついた。半兄には2019年の皐月賞2着、日本ダービー3着のヴェロックスがいる良血馬だ。


将来の可能性にかけた人々が、生まれたばかりのサラブレッドにこれほどの価値をつける。この日、売れた213頭の当歳馬をめぐって総額120億1,530万円ものお金が動いた。


サラブレッドの市場は他にも北海道セレクションセールやオータムセール、サマーセールなどがある。セレクトセールは多くの活躍馬を輩出していることから高値をつけがちだが、他のセリでも400万〜1,000万以上の高額取引がなされている。

一方の286万円とは、2021年に行われた6回のホクレン馬市場を通じての農用馬の最高価格だ。


農用馬とは、ペルシュロン、ブルトン、日本ばん系種といった大きな体の馬を指す総称だ。日本馬事協会の統計によれば、農用馬は平均100万円前後で取引されている。


資料:JBIS-サーチ各市場取引一覧「累年成績」、日本馬事協会「馬関係資料」より作成

この数字だけを見ていると、サラブレッドばかりが浮世離れした世界で生きているような気もしてくる。正直なことをいえば、農用馬とサラブレッドの間に何か大きな差があるようにも思えてくる。


そこで農用馬の取引がどんなものかを知るため、ホクレンの市場に足を運ぶことにした。


サラブレッドと異なる形をした馬の市場


朝8時。数十台に及ぶトラックが市場に乗り入れてくる。トラックの荷台から、大小さまざまな大きさの馬たちが人に引かれて出てきた。馬たちのけたたましい嘶きに、トラックの扉を開け閉めする音、プーッ、プーッとトラックがバックする音が重なり、しっとりとした秋の朝を飛び交う。

2021年10月26日・27日、サラブレッドを専門とする家畜商のXさんとともにホクレン釧路・十勝馬市場に足を運んだ。


ホクレンとは農業協同組合(JA)が出資する組織で、道内7地域で乳用・肉用の牛、馬の家畜市場を主催している。このうち馬を取り扱うのは釧路・十勝で行われる市場だ。2021年は2月、8月、10月と年に3回、農用馬やポニー、サラブレッドなどの軽種馬が取引した。Xさん自身も、馬の買い付けや相場の勉強に毎回この市場に行くという。

写真:上場予定馬が続々と下見所へ搬入される(撮影:片川晴喜)


10時からの市場開始に先立ち、下見所では膝下までのコートを着た人々が丹念に馬を見繕い、この後行われるセリでどの馬を買うか見定めている。慣れない環境に連れ出されたせいか、馬たちも落ち着かないそぶりだ。

写真:下見所で入札する馬を検討する関係者(撮影:片川晴喜)


Xさんによれば、この市場で取引される馬の多くが食肉用だという。馬肉は全国的ではないが、一部の大消費地ではローカルフードや郷土料理として親しまれている。


たとえば熊本では、正月の席で脂の乗った馬肉を食べるのが風習である。熊本の馬肉食は、文禄の役・慶長の役で、加藤清正率いる軍が朝鮮出兵の際に食糧難から軍馬を食したところ、「これはうまい」と地元の肥後に持ち帰ったことに由来する。阿蘇山と広大なカルデラという土地柄も馬を肥育するのにもってこいだ。このほか長野や福島も馬肉に馴染み深い。東京でも吉原で馬肉を用いた『桜鍋』が食べられてきた。


馬肉食が大切な文化として各地に根付いていることは想像に難くない。



馬を買う人たちはどこを見ているか、Xさんに尋ねた。


「馬の幅や体格をもとに、将来的に目方(体重)がどの程度乗るかを見ています。特に当歳馬は1~2年と肥育することになるので、その間もしっかり健康状態を保てるように、足の状態もよく見る必要があります。これに加えて値段や輸送コストも踏まえて買うかどうかを決めていきます。また日頃のお付き合いの中で『うちの馬を買ってください』という場面もありますね」


足元の具合のチェックは重要だ。足が痛いと運輸上のリスクになるし、痛みがあると肥育時に痩せてしまう可能性がある。

写真:同行させていただいた小師馬商の皆様。セリの進行補助も担う(撮影:片川晴喜)


活気あふれるセリ


10時。セリが始まる。馬が入れ替わり立ち替わり、スタッフに連れられて出てきた。200人近くが目を光らせている。先の下見所で狙いを定めていた馬が現れると、手元のボタンを握る。入札の意思を示すためのものだ。最後までボタンを離さなかった者が落札できる。一頭一頭にかける時間が短く、どこかせわしない。Xさんも乗用に馬を1頭買った。

写真:超満員のセリ場は、全国の畜産業者で賑わう(撮影:片川晴喜)


「馬」といえば競馬のイメージがあるし、競走馬の引退後は触れてはいけないという考えが長く根付いていたともいう。それだけに肉になる馬の取引は薄暗い場所でひっそりとやっているのではないかと思っていた。けれど、ちっともそんなことはなかった。たくさんの人が出入りして、照明も明るく、とにかく活気がある。そんなことをXさんに話すと、


「世間に情報がいかないだけではないでしょうか」と言われた。


「主催者も生産者も、何か情報を出さないでおこうといった閉鎖的な考え方はないのではないかと思います。かといって、ここはあくまで購買の場を提供するだけだから特に宣伝するわけでもない。今後もオープンになっていくこともないでしょう。馬が肉用だからって隠しているわけでもない。ただ単純に世間に伝わっていないだけだと思います」



取引される馬の多くが肉用とのことだったが、目方(体重)の乗る大きな馬に限らず、比較的小さな馬も取引されている。なぜだろう。


「買い手のこだわりですね。大きいのがいい人もいれば、小さい馬で(商売上の)回転率を上げたい、というのもある。うちが主にサラブレッドを扱うように、ポニーを専門とする人や大きい馬に力を入れる人とさまざまです。


たとえば大きい馬だと場所もいるし、育てている間に事故もあるかもしれません。その点サラブレッドは競馬場から2歳、3歳、4歳といった馬が出てくるので、肥育期間を短く抑えられ、スムーズに流通できるのが利点です。それで好んで買う人もいるでしょうし、屠畜頭数も多くなるのではないかと思います」


それぞれ価格や肉質に違いはあるのだろうか。


「馬の値段は年々上がり傾向にあると思います。この市場でのサラブレッドの値段は、農用馬の4分の1ぐらいかなという感じです。肉については、サラブレッドは赤身、大型の馬にはサシが入っている、といったところかと」

資料:「市場速報」令和3年10月26日(ホクレン)をもとに作成

写真:続々と入札がされる日本ばん系種(撮影:片川晴喜)


高額取引がなされない農用馬


ずっしりと大きな体をした農用馬が出てきた。


Xさんによれば、ここで上場されている農用馬の9割以上が屠畜を目的に取引されていて、残りが繁殖やばんえい競馬へと向かうという。たとえ競走を目的に買われた馬がいたとしても、このセリではサラブレッドのような値段は飛び出さない。


気になっていたサラブレッドと農用馬の価格差について、Xさんに聞いてみた。


「サラブレッドにはいろんな付加価値があるということでしょう。サラブレッドはたった1レースで、普通では稼げないような金額を稼ぎますから。その点、(農用馬の用途のひとつである)ばんえい競馬の賞金ははるかに安い。ばんえい競馬の馬主になって楽しもうという人もなかなか増えないでしょうし、サラブレッドと農用馬の価格差は埋まらないと思います」

市場が終わると、下見場に馬が戻される。開始からおよそ5時間、130頭以上が買われていった。下見場には脇腹にスプレーで同じ番号が書かれた馬が集められている。購買者を区別するための番号だという。馬たちは買い手の馬運車に載せられ、それぞれの行く先へと輸送される。

Xさんはどういったところを重視して買うかを聞いてみた。 


「一番は自分が気に入った馬かどうかですね。でも何より大事なのは値段です。いくら気に入ったからといって、あくまで商売ですから。利益を生まなければ買う意味はありません。そこら辺が基準かな」


Xさんはこの仕事を、生産者や取引相手への感謝を忘れず、高いプロ意識と責任感のもとで続けているという。

写真:購入した馬は、馬運車へと載せて牧場まで連れ帰る(撮影:片川晴喜)


今日出会った馬たちの多くが肉用として、行く先々でそれぞれの宿命を果たしていく。数は少ないだろうが、サラブレッドと同様に競走の宿命を背負う農用馬もいるだろう。


いくらの価格が付けられようと、数字の向こうには生きた馬がいて、責任を持って仕事をしている人がいる。市場を見ているうちに、次第にサラブレッドだけが浮世離れした存在だと思うのも、農用馬がサラブレッドほどの価値がないというのも、安直な着地点のように思えてきた。心の奥底にわだかまりが沈む。サラブレッドだけが特別なのだろうか。

資料:「生産関連統計」サラブレッド当歳・1歳・2歳市場成績(日本軽種馬協会)、 「馬関係資料(令和3年4月版)」(日本馬事協会)をもとに作成

 

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1 коментар


HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
24 лип. 2022 р.

 Xさんの再登場は嬉しいですね。競馬や競技会からは見えない景色を紹介してくださるから。感謝です。

「馬といえば競馬、サラブレッド」というイメージしか湧かないのは、日本固有の現象では? 馬の品種は現在600種ほどあり、世界を見渡せば、馬耕、馬搬、駄載、牧畜、祭祀、儀礼、スポーツ(競技)、レース(競走)、警察騎馬隊、家庭のペットなど、様々な種類の馬を適材適所で使い分けるのが「当たり前」で、用途や品種によって優劣があるわけではありません。

 そうは言っても、サラブレッドは特別な存在なのか?と問われれば「はい」と答えるしかない。確かに、競馬という「特別な世界」で生きるために作出改良された品種です。馬術競技馬も然り。優良血統なら競走馬に勝るとも劣らぬ高値がつきます。

 高くなる原因の一つは、単純に生産者が投下する資本が大きいからです。生産・育成の段階で多くの費用と人手をかけ、設備投資も不可欠。それらを回収しなければならないという現実的な問題があります。そこへ購入希望者の「夢の代金」が上乗せされるので、どうしてもセリ取引価格は高騰します。

 ただ、サラブレッドは単に「高額だから特別」なのではないと思う。この品種は生まれた時から人間と密接に交流するため、優勝劣敗の厳しい世界で人と協力して困難なタスクをこなす過程で、他の産業動物と飼育者の関係とは明らかに異なる性質の連帯感やシンパシーが生まれます。(警察犬や盲導犬のハンドラーと犬の関係に近いかもしれない。)

 この異種間連帯を経験した時、人は強い達成感、満足感、幸福感を覚えます。不思議なのは、その強い情動が当事者間に限らず周囲で見ているだけの人たち(たとえば競馬ファン)にも容易に伝染すること。これが、多くの人にとって競走馬を「特別」な存在にするのではないかと思います。現役時も、引退後も。


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