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“大きな差”の正体とは… サラブレッドだけが特別なのか? 2/2



確立するサラブレッドの価値


なぜサラブレッドばかりがこれほどにまで特別な価値を背負うようになったのか。


サラブレッドの競馬――特に中央競馬に関していえば、70年代の高度経済成長期頃からみるみるうちに売上を増やしていった(下図)。ハイセイコーなどのスターホースが人気を博したことに加え、場外馬券売り場や電話投票が浸透したことで全国的な販路ができあがったことも大きな要因だ。来場数に関係なく馬券発売は不況で落ち込む90年代末まで右肩上がりを続けている。

資料:日本中央競馬会(JRA)「売得金額・総参加人員」より作成

サラブレッドをめぐる好景気は有馬記念の1着賞金にもうかがえる。(下図)


第1回有馬記念当時は200万円、現在の価値にして1,200万円ぐらいだった。その後も賞金は売り上げの影響を受けることなく右肩上がりを続けた。ここ数年は3億円で推移、2022年からは4億円に増額されるという。

資料:JRA「過去GI成績 有馬記念」より作成


1年で生まれたサラブレッドのうち、中央・地方競馬で競走馬登録される馬は全体の約86%だ(2017年)。中には登録しても怪我などでデビューできないケースもあるが、無事に育てば2歳か3歳で最初のレースを迎える。さらに勝ち星を重ねていけば、より高額な賞金を狙える。こういった事情が、サラブレッドの価値を極端に高めているのだろう。前章で市場を共にしたXさんも、サラブレッドの方が農用馬よりずっと高額な賞金を競馬で稼げると話していた。


競走の文脈における、サラブレッドと異なる形の馬


では、農用馬が活躍する「ばんえい競馬」の賞金はどの程度か。


勝ち数で分けるサラブレッドと異なり、ばんえい競馬の馬は年齢や獲得賞金でクラス分けされる。低いところだと1着賞金20万円台で、クラスが上がっていくと50万から70万円台になる。重賞競走は数百万円相当に及び、特にサラブレッドのGⅠに相当する最高峰のレース「ばんえい記念(BGⅠ)」の1着賞金は1,000万円だ(2021年現在)。


たった1レースで稼ぐ金額と考えれば高額ではあるものの、賞金だけ比べればサラブレッドより見劣りする。

資料:JRA・ばんえい十勝発表より作成


資料:JRA・地方競馬全国協会(NAR)「ばんえい記念 歴代優勝馬」より作成


そして農用馬に生まれ、仮に競走馬を目指せたとしても、必ずしもレースに出走できるわけではない。競走馬になるための特別な試練「能力検査」がある。


競走馬になるための試練


ばんえい競馬の競走馬もその多くが2歳でデビューするが、そのためには能力検査に合格しなくてはならない。この検査では、事前に発表された規定タイムを突破することが求められる。2017年には1,041頭の農用馬が生まれているが、彼らが2歳になった2019年の能力検査合格数は247頭、生産数のうち大体24%が競走馬になると考えられる。ただし合格数には3歳馬が含まれることもあるので、実際の割合はもう少し低いだろう。

それでも昔は今よりずっと合格が難しかった。2005年までは高校受験のように受かる数を事前に決め、タイム上位から合格を出していた。たとえば1999年の北海道の農用馬全生産頭数4,327頭のうち、能力検査に出走、合格を勝ち取れるのは220頭程度だったという。

資料:ある年の生産頭数に対する、2歳の時の能力検査合格頭数の割合。

能力検査はわずかながら3歳で受験することもあるため参考数値。

グラフは生産頭数:日本馬事協会「馬関係資料」(2021)、合格数:農林水産省「馬産地をめぐる情勢」(2021)より作成


競走以外の馬の役割


競馬の観点のみを比べれば、サラブレッドが他の種類の馬に比べて価値がつくことにも納得がいく。


一方で、競走用以外の馬も今日まで生産が続いている。その意義を探るため、北海道でサラブレッドと異なる形をした馬たちを生産し、育てている小師馬商の小師信幸さんの話を聞いた。

写真:広大な放牧地に道産子の群れが放牧されている(撮影:片川晴喜)


2021年10月25日。放牧地で馬たちが駆けている。遠くには、JRも国道も通っている。


どこまでも続きそうな広い牧場だ。

小師馬商の放牧地ではミニチュアホースやポニーのような小さな馬から、日本の北海道和種(どさんこ)、そしてこれまで紹介してきたような、大きな馬格の馬(ブルトン種等)などの生産や育成を幅広く手がけているという。小師さんと一緒に、牧場の敷地内を歩く。見慣れない顔を前に、馬たちはジロジロとこちらを見ている。

写真:飼い桶へ集まる馬たち。物珍しそうにカメラを見ている(撮影:片川晴喜)

よく見ると、無口をしていない。


「自然の状態に近づけて育てているから、付けないんです」


そのせいか、この牧場の馬たちはサラブレッドなどに比べて人馴れしていないように見える。


「この馬達はどうなるのですか」


「食用が主です。オスは 3歳後半から4歳になったら出荷します。一部は乗用馬になる馬もいますが、最初の段階で乗馬に向いているかを見抜いていきます」


馬肉食は前述の通り、一部の地域で郷土料理として親しまれている。歴史を振り返れば、決して一部の地域に限った話ではない。戦後、洋風化する大衆の食卓でも馬肉はソーセージなどに使われ、欧風化する日本人の食欲を満たしてきた。馬刺し人気も根強い。これからも馬肉の生産は続いていくだろう。小師さんによると、コロナで馬肉の輸入が停滞、さらに自宅で高級食材を楽しむ人が増えていることから、国内で生産された馬の需要も高まっているという。


「われわれは耕作放棄地を馬の力で有効活用することを目指しています。したがって、気候や風土に適応し、厳しい環境に耐えられ、放牧地で粗食できる馬が必要です。安定した生産を行うため、繁殖から育成、肥育までのリスクが少ないことも重要です。そこで、わが社では小型な北海道和種馬に輓系種(ブルトン種等)のかけ合わせを重ね、良質な肉とボリュームのある馬作りを進めています。競馬向きではないですし、その目的ではありません」

写真:繁殖として繋養されている、月毛と粕毛の北海道和種のグループ(撮影:片川晴喜)

続いて、繁殖馬の牧場を案内してもらった。9割は妊娠しているという。


「お産を手伝うこともありますか」


サラブレッドの出産を、夜通し待ち構える人の話を聞いたことがある。命懸けの出産を、人間たちが懸命に手助けする。生産牧場の大仕事がまぶたに浮かぶ。


「いえ、うちの繁殖は全部自然に任せています。ただ、朝晩には見にいって、何かあったら手助けはしますけどね。とにかくストレスをなるべく減らす。そうすることで受胎率をあげて、馬の生存率を高められます」


それが一番馬にとって良い状態だと思います、と小師さんは語る。


見やると、馬房のようなシェルターを見つけた。曰く、馬が寒かったり暑かったりすると自らの意思でそこに入るという。人間が促して入れるわけではない。自分たちの好きにしなさい、と自己管理させているそうだ。


よく見ると、馬に紛れて犬も駆けている。


「犬は熊除けにね。この辺りは熊が出るから」


社会課題につながる馬産


後日、改めて小師馬商の目指す先について、小師さんに話を聞いた。


「正直なところ、最近は人材不足が深刻な課題です」


農業や畜産分野においてしばしば聞かれることだ。小師さんも同様に懸念している。この課題に挑むため、小師さんは馬産の付加価値向上に着目した。


「まだ構想段階ではありますが、われわれは将来的に、馬産とエネルギー産業のコラボを通じて、『国産の自然再生エネルギーの安定と食の自給率アップ』を目指していきたいと考えています」


馬産とエネルギー。一見、接点のないように思える。どういう関係があるのだろう、と率直な疑問をぶつけた。


「このあたり(道東)には、まだまだたくさんの放棄地があります。そういった土地を粗食できる馬が直し、そこで地熱、風力、ソーラーなどの再生エネルギーを生み出せないだろうかと構想しています。道東は涼しい気候で、日照時間も長く、発電にもってこいです。エネルギー不足の時代ですから、自分たちのエネルギーを自分たちの地元でまかなっていけたら理想ですね」


さらに馬の力で放棄地を開拓することは、エネルギーのみにとどまらず、子どもたちの食育体験など、新しい活用にもつながるという。


立ちはだかる大きな課題を前にしても、小師さんは前向きな姿勢を崩さない。


「これらは綺麗事ではなく、今の日本では必要なことです。そのためにはまず、利益を出すことが第一です。ビジネスとして日本一の規模感を持ってリードし、後継者が絶えないような魅力ある業界にしていきたいと決意しています」


馬をつくることで、社会の課題をも見通し、解決につなげていく。食肉や乗馬向けの馬を作ることにとどまらない可能性に、純粋に驚かされた。


それにしても、これほどまでの使命感は一体、どこから湧いてくるのだろう。


「我々は北海道を開拓してきた祖先を持つ農耕民族です。馬によってここまで農業を発展させてきた自負があります。だからこそ生食文化と終わりゆく馬産を、なんとか魅力ある産業にしたいです」


明治時代からずっと、北海道の人々は、馬の力で土地を拓き、産業を作り上げてきた。そして今、小師さんも放棄地を耕すことで新たな時代を作ろうとしている。小師さんたちの背中は、かつて北海道を切り拓いてきた祖先たちと、どこか重なるようにも思える。

小師馬商の人々と馬が背負う大きな役割を垣間見た気がした。


馬が果たす役割


さまざまな形をした馬が、時にビジネスの場面で社会課題を解決している。人の誇りや歴史を背負って生きている。それぞれに役割や価値を見出され、今日まで人間と共存している。


馬と聞けば、サラブレッドや競走のイメージばかりが先行していたことを反省した。

サラブレッドばかりが特別ではない。さまざまな形の馬の、それぞれの現在地と役割があることを心に留めておきたい。


 

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取材協力:

家畜商・X

小師 信幸

小師馬商 株式会社

ホクレン帯広支所

ホクレン釧路支所


取材・制作・写真:片川 晴喜

文:手塚 一十三

協力:緒方 きしん

デザイン:椎葉 権成

監修:平林 健一

著作:Creem Pan


参考文献

ホクレン「ホクレン家畜市場情報」(https://www.kachiku.hokuren.or.jp アクセス日:2022-04-26)

JBIS-サーチ「セレクトセール」2021年(https://www.jbis.or.jp/seri/2021/10H1/ アクセス日:2022-05-21)

JBIS-サーチ「北海道セレクションセール」2021年(https://www.jbis.or.jp/seri/2021/11B2/ アクセス日:2022-05-21)

JBIS-サーチ「北海道サマーセール」2021年(https://www.jbis.or.jp/seri/2021/11B3/ アクセス日:2022-05-21)

成瀬宇平、横山次郎『47都道府県・肉食文化百科』丸善出版、2015年

日本軽種馬協会「生産関連統計」(https://jbba.jp/data/statistics.html アクセス日:2022-04-26)

日本馬事協会「馬関係資料」2021年(https://www.bajikyo.or.jp/regist_05.html アクセス日:2022-04-26)

岩崎徹「戦後における北海道馬産の歴史(上)」『経済と経営』43号、札幌大学経済・経営学会、2012年


 


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3 commentaires


Invité
14 août 2022

ドサンコと農用馬のことも、話題に挙げてもらえたのは嬉しいです。

サラブレッドの健気な魅力も好きですが、和種馬やばん系種の包容力や、どこか日本人的な感性をもっているような魅力も好きなんです。


ただ、どちらも「引退後」というよりは、まずは如何に頭数を維持、もしくは増やしていけるか?が問題になる馬種かと思います。(記事的にもそうだと思いますし、特に和種は存続自体が危機…日本での生産がなくなれば、本当に消えてしまう馬達です)


そのためには、やはり引退馬同様、より沢山の人に存在を知ってもらうこと、好きになってもらうことが必要なのでしょう。


そして、より沢山の人に"良い馬"に出会ってもらうためにも、育種選抜していけるだけの頭数確保は必要かと思います(特にドサンコは、元々の性格が強く残る印象です)。そのためにも、やはり肉用としての利用は根本として重要なのだと感じています。


もし、まだ馬に興味のない人でも、サイズに親近感のある和種馬や温厚な農用馬を通じて、馬や競馬に興味を持つことがあれば…、そして引退馬のことまで知ってもらえれば素敵ですね。


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HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
17 août 2022
En réponse à

ドサンコと言えば…ひだかうまキッズ探検隊が北海道大学静内研究牧場を探検した時の動画が忘れられません。

子供たちがウニモグに乗って向かった先は、ナルニア国の冬を思わせる一面の銀世界。木立の向こうから静かに現れたのはタムナスさんならぬ北海道和種(ドサンコ)の群れ。鹿毛あり、芦毛あり、月毛あり、河原毛あり…

もし厳寒の森に一人迷い込んであんな光景に出会ったら、神の使いだと思うでしょうね。

人類が馬を愛したのは「気高く、必要な(役に立つ)」生き物だったから、とエリザベス一世時代の英国の博物学者(E・トプセル)が指摘しています。

私にとっては、日本でそのことを一番強く意識させてくれたのが輓系種の馬と在来和種でした。ただ可愛いというだけでなく、古い歴史とともに「気高く、必要な」という馬の魅力の原点を脈々と受け継いでいる貴重な存在だと思います。

ドサンコは丈夫で小さいので、全国の小学校で数頭ずつ飼って子供たちの初期乗馬レッスンに活用すればいいのに。

各種行事や運動会で華麗な騎馬パレードをしても盛り上がるでしょうし、育種過程で利口な個体が選別されてきたそうですから、たとえば借り物競争の借り物(「ドサンコ一頭、ニンジン誘導不可」)などになって一緒に走ってくれるかもしれません。

そんな触れ合いから在来和種が普及し、子供たちのウマ愛が深まって段々とより大きな馬種への興味も育ってゆくと思うのですが、どうでしょうか?


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HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
24 juil. 2022

 人との連携で見るなら、ばんえい競走馬も「特別」だと思います。が、彼らは本来は「食肉」という最終ゴールを前提に生産された「農用馬」なのですよね? だとすれば、レースは本当の用途に供される前の尊い奉仕というか、偉大な副業(?)のようなイメージがある。(個人の印象です)


 サラブレッドはそもそも「食べられること」を目的に生産されるわけではない。そこが微妙に違います。サラブレッドの劇的すぎる「用途変更」は、食用なら食用とあらかじめ生産目的が決まっている他の産業動物には見られない「特殊事情」です。廃用かセカンドチャンス(余生支援)か、選択の余地が与えられて然るべきだと思います。


「牛や豚や農用馬は普通に食べられているのに、サラブレッドだけ特別扱いするのはおかしい」という意見があるとすれば、若干違和感を覚えます。

命をいただくことへの感謝はどの動物に対しても同じだし、サラブレッドだからと言って最終的な屠畜や安楽死の可能性を排除するつもりはないけれど、そこに至るまでの競走馬の生活には特別視される理由が確かにあるのですから。(と、私は思います)

 ところで、馬耕をさせるわけでもないのに「農用馬」と呼ぶのは婉曲表現でしょうか? 

 実際には上場農用馬の「9割以上が屠畜を目的に取引されていて」「馬が肉用だからって隠しているわけでもない」という開放的なビジネス環境なのであれば、思い切って単純に「肉用馬」と言った方が正直ではないかな? 初めから用途が「食用」と認められている動物に関して、殺すなとか食べるなとかむやみに騒ぐ人は多くないと思うのですが。(動物福祉の観点から飼養環境の改善を求める人は増えていますが、肉食文化自体を否定するものではない) 

 小師馬商さんの飼育方法は、まさに開拓時代の「牧(まき)」を彷彿とさせます。

 船山馨(ふなやま かおる)の小説『お登勢』を思い出しましました。淡路島から北海道に移住して原野と森を切り拓き、南部馬の子孫である「野馬」を捕らえて洋種と交配しながら馬匹改良に取り組み、日高の馬産の基礎を築いた人々の物語。馬を飼ったこともなかった主人公が満身創痍で白い野生馬オテナ(「酋長」の意味)と対決し、この誇り高い生き物への敬慕を日に日に深めながら心をこめて馴らしてゆくくだりが感動的です。


 牛でさえ通年昼夜放牧する酪農家がいます(なかほら牧場のグラスフェッドバターは旨い😋)。肉用馬の放牧肥育は、「運動の自由」と「同種の動物との交流」が確保されている点などアニマルウェルフェアにも配慮してあり、大いに普及させる価値があるのではないでしょうか。穀物主体の濃厚飼料でなく「草」で太らせるのがポイントです。(Xさんと同じで、私は食べないんですけど👋😓)

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