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大盛況のホースメッセの中で、密かに得られた悟りとは🐴👨🏻‍🦲🪷

  • 13 分前
  • 読了時間: 4分


かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。

「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。


有頂天じろー


いっぽうで私のことを知っていて、声を掛けてくれる人もいた。

「Xでフォローしてます!」と嬉しそうに言ってくれると、こちらも舞い上がる。


しかしなかには、初対面でいきなり私の顔面について語りだす人もいた。


「あの・・顔が思っていたより小さいですね」

こらこら。

自分でネタにしてはいるけど、容姿について触れるのはマナー違反だぞ。





「もっとアンパンマンみたいな感じかと思ってました」

それはヒーローではあるが、人外だからな。


「もしくはモヤイ像みたいな」

それはもう生物ですらないな。


実はこんなやり取りも結構楽しかった。




そして結構多かったのが、去り際の一声。

カッとこちらを向いて「いつも見てます!」と同時に雑踏の中へ消えていく。

お礼を言う暇さえ与えてくれず、まさに電光石火の秘剣抜刀術。

追いかけていくわけにもいかないので、なす術も無い。


あの、ステイゴールドではないので噛み付きません。

もし次の機会ありましたら是非ご挨拶させてください。


最後に困ったのは、こちらをチラチラと見て、さも「わたし貴方を知っているわよ」風な雰囲気を出す方。

これはホントウニ止めていただきたい。

すっかり調子乗った私が「はいはい、わたしがあのワタシですよ」感をひけらかして、寄っていったら全然違うケースが、恥ずかしながら多々あった。

あの瞬間のこっぱずかしさ。

まだ落馬ドンマイの恥ずかしさの方がマシである。


隣で様子を見ていた某夫人がニヤニヤしながら

「残念だったな。すっかり有頂天じろー」。

と声を掛けてきた。


―・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


「自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)」とある。


これは進むべき道に迷った時。周りを見通せない時。

頼りになるのは、辺りを照らしてくれるのは結局のところ自分自身と真理だけなんですよ、という教えだ。


これをいうと脳筋アグレッシブおじさんが勘違いしてしまうときがある。

注意が必要なのは「自分を信じてガンガン行こうぜ!」という話ではないということだ。


我欲に振り回されていない「整えられた自分」のみが灯りとなり得る。


私はこの法語を自らの戒めとしてよく思い出しているのだが、「戒めとしてよく思い出す必要がある」くらい、すぐ調子に乗る。


スゴイのは私ではなく、馬と二ノ宮調教師なんだと常日頃から自分で言ってるくせに、つい我欲がフジツボの如く全身に貼り付いた有頂天じろーに変化してしまう。


いやむしろ有頂天じろーが私の本質なのではないか。


取り繕う為に、法を学び僧侶を気取っている自分が、実は異凝体なのでは?と疑う程ですらある。


―・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


この3日間(準備を含めれば4日間)で、絵馬市を、上岡馬頭観音を知ってもらうという目的は多いに果たせたのではないだろうか。


上岡なんて知らないという人が圧倒的多数の中で、「馬好きと名乗る人が(馬体安全を願う)絵馬市を知らないなんて、もっての外ですよ」というプレッシャーを存分にかけることができた。


そして思いがけず有意義であった点として、多くの関係者を知り合うことができた。


基本的に忙しい&人見知りも発動して会場内を出歩くことはしなかった。

それでも多くの関係者が上岡馬頭観音ブースを訪れてくれて、そこで挨拶をすることができた。


馬に対して色々な分野で熱心な人たちと、何らかの楽しい発信をしていくことができる土壌ができていることを実感できた。


このためにホースメッセに参加したのかもしれない、と思えるほど。


今後が楽しみになる、というのは非常に心地良いものだ。


調子に乗らぬよう、自分を整えて準備していきたいと思う。


朝一番の会場。旗をチョットはみ出るように展示するという姑息な手段が有効だったのは内緒。
朝一番の会場。旗をチョットはみ出るように展示するという姑息な手段が有効だったのは内緒。

本物の優勝レイ&大人の事情。一番の大活躍でした。ご苦労様でした。
本物の優勝レイ&大人の事情。一番の大活躍でした。ご苦労様でした。






文:国分 二朗

編集:椎葉 権成

著作:Creem Pan

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