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「サラブレッドは乗馬に不向き?」馬術競技選手・増山大治郎 3/3


引退馬の受け皿として感じる葛藤


資料:日本馬事協会「馬関係資料」より(Creem Pan調べ)


 増山さんはサラブレッドを乗馬、そして馬術競技馬としてセカンドキャリアを歩めるよう、乗馬クラブの経営者として長年リトレーニングを行ってきている。ただ増山さんの元に送り込まれてきたサラブレッドすべてを乗馬にできないという現実もある。年間約7,000頭というサラブレッドの生産頭数を考えれば、増山さんに限らず、競馬も乗馬も携わる誰もが同じ状況だと言えよう。

 「例えば骨折して競馬を引退して乗馬にしようとしたとします。骨折しているので半年間の休養が必要で、でもその間もご飯は食べますし、ケアなど手間が掛かります」

乗馬としてお客を乗せない、いわば稼働できない馬が一馬房を占めると、その馬にかかる経費が全てクラブの負担になる。

 「その負担をクラブがどこまでできるのか、どこまで我慢できるのかという問題になってくるんですよね」

 それでも脚元に不安を持った馬を受け入れなければならない場合もある。競馬から引退して乗馬となる場合、その馬を管理している調教師からクラブに連絡がくることが多い。これはどのクラブでも言えることなのだが、悪い箇所や痛いところなど、どこか故障がある馬を断ってしまうと、調教師や馬主さんとの関係性がそこで崩れてしまうため、どのような馬でも一旦引き受けるケースがほとんどだ。

 「父のクラブでもウチでもそれは同じです」

 だがその中には、乗馬にはならない馬が絶対に出てくる。怪我をしていない馬であっても、気性面で向かないこともある。

 「それを預かって半年頑張ってみて1円にもならない馬ばかりだったら、こちらが赤字で破産してしまいます。馬を助けるためにやっているはずなのに、これでは本末転倒ですし、可哀そうですけどその馬をどうするかを心を鬼にして判断しなければなりません」

 その一方で、競馬から回ってくる馬の中には、故障があったとしても乗馬や競技馬として素質のある馬も当然いる。調教師からの話を断ると、その時点で家畜商に渡る可能性が高く、才能のある馬を逃すことにも繋がる。それが断らずに馬を引き受ける理由にもなっている。

 「そういう才能を見出したいですし、ちゃんと乗馬になれよ、ちゃんと飛べよという気持ちで、日々調教や選別を行っています」

 1頭養うには人手もコストもかかるし、1つの乗馬クラブが扱える馬の頭数にも限りがある。馬房等に余裕がない限り、普通に考えれば1頭新しい馬が入厩したら、それまでいた馬たちの中の1頭をクラブから出さなければならない。また競馬を引退してクラブに来た馬すべてが乗馬に向いているわけではない。怪我をしていたら、よほどのことがない限り、治療費をかけ時間をかけて待つということはクラブの経営的には難しい。引退馬支援やセカンドキャリアが注目され、世間の声が強くなっている昨今でも、セカンドキャリアには繋げられないと判断せざるを得ない馬が多いという厳しい現実があるのだ。  では狭き門をくぐり抜けて乗馬になった馬たちのその後も気になるところだ。増山さんのクラブでは、馬に負担をかけないように1頭につき1日、1~2レッスンにとどめている。だがクラブによっては、もっとたくさんのレッスンに出ている馬もいる。前回の家畜商・Xさんも、そのような馬たちの状況を見聞きし「馬は生きていれば幸せなのか」という重い問いを投げかけ、持論を語ってくれた。その問いに対して、長年乗馬界を見続けてきた増山さんだからこそ知るエピソードで答えてくれた。

 「乗馬クラブには、馬と人との出会いがあります。練習馬としてたくさん人を乗せてきた馬を可愛がっている人もいますし、その馬を可哀想に思って自馬にする人が現れることもあるんですよね。実際にそのような例をたくさん知っています。オーナーがつけば可愛がってもらえますし、ずっと面倒みてもらえますから、それも1つの可能性としてありだと思うんです」


 そして元競走馬から競技馬として一歩を踏み出した馬たちに、希望の光となりそうな競技ができた。それはRRC(Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯)という引退競走馬の競技で、これができたことで少しずつ引退馬の状況が変わりつつある。

 「引退競走馬のリトレーニングは、僕らからしたら昔から当たり前のことでした。その上にRRCという賞金の出る競技が目玉としてできて、馬や僕らが注目されるためにもっと頑張ってやってみようというきっかけにもなるでしょう。規模もだんだん大きくなってきたので、(引退競走馬にとって)これは良い流れなのではないかと思っています」


写真:RRC2020で優勝したナンヨ―アイリッド号と増山大治郎さん (写真:本人提供)


 

取材を終えて


 増山さんのように、本当の意味での乗馬として活躍できるよう、その馬が何に向いているのかを見極めリトレーニングに取り組む人がいる。乗馬として生産され、調教を受け、経験を積み、競技会での即戦力として輸入されたヨーロッパ産の中間種に押され気味ではあるものの、増山さんはサラブレッドの持つ、軽さやスピードに価値を見出し、競技馬として花開かせようとしている。  すべてのサラブレッドの命を繋げることは現実的には不可能だ。となれば、どうしても命の選別は行われなければならない。どの業種の人でも馬に関わる人は皆、その厳しい現実と向き合いながら、自らできることに日々向き合っている。そう感じた。

協力:増山大治郎    筑波スカイラインスティーブル 取材:片川 晴喜 文:佐々木 祥恵 構成・編集:平林 健一 著作:Creem Pan



このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。


 

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