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「サラブレッドは乗馬に不向き?」馬術競技選手・増山大治郎 2/3


“中間種”と呼ばれる馬


 ここからは中間種と呼ばれる馬についてもう少し掘り下げてみる。


 競馬ではサラブレッドが用いられるが、馬術においてメジャーなのは中間種と呼ばれる品種だ。


 事実、過去4度のオリンピックでは、障害飛越、馬場馬術、総合馬術といった競技において、サラブレッドは一度も優勝をしておらず、中間種と呼ばれる馬たちの独占状態となっている。


(資料:All Events|FEI.org より、Creem Pan調べ)


 オランダ温血種(KWPN)、セルフランセ(SF)、ハノーヴァー(HANN)など、一括りに中間種と言っても、たくさんの品種がある。

 その中でも、12個の金メダルの内、5つを獲得したオランダ温血種(KWPN)を例にとって紹介する。オランダ温血種・KWPN(正式名称は、Koninklijk Warmbloed Paardenstamboek Nederland)は、19世紀にオランダで作り出された中間種で、農業用に開発された重種のヘルデルラント種とフローニンゲン種が基礎となり、そこへ軽種のサラブレッド、フランスやドイツの中間種を交配された品種だ。

 輓用馬(農業用)特有の歩様と牽引に最適な長い背は、サラブレッドを導入することで短く力強いものに変わり、気質上の問題点も、近縁の中間種と交配することで矯正されたと言われており、障害飛越競技、馬場馬術競技に優れた能力を発揮している。

資料:サラブレッドと中間種の比較(写真:筑波スカイラインスティーブル提供)


 KWPNの他にも、先にも挙げたフランス原産のセルフランセ、ドイツ原産のハノーヴァー、ホルシュタイナーなど様々な品種がいるが、それらに共通する部分は、過去の使役・用途の面影を遺しつつも、どの品種も馬術競技へコミットした馬体のつくり、あるいは気性を持ち合わせているところだ。

 改めて紹介すると、筑波スカイラインスティーブルでは、28頭のうち8頭が中間種、17頭がサラブレッド、その他が3頭となっている。


資料:Creem Pan作成(2021年8月末時点)


サラブレッドは乗馬に不向き?


 実際のところ、サラブレッドは乗馬や馬術競技馬に向くのだろうか。  「ジワジワではなくスパッという切れ味があって、前脚もスパンと地面を叩いてトモ脚(後ろ脚)を踏み込むというような筋肉の質ですよね。サラブレッドはそれを持っていると思うんです。なのでサラブレッドはむしろ障害に向いているのではないかと兄とはよく話をしています」  サラブレッドの持つ一瞬の瞬発力が、障害飛越には必要だと増山さんは語る。その上で、筑波スカイラインスティーブルでの状況を尋ねてみた。  「ウチのクラブの場合、僕が障害馬術選手として活動していることもあって、まず障害の向き不向きを見極めます。障害の飛び方や、飛越する時の前脚の曲げ方、後ろ脚の上げ方がどうかを判断します。障害をあまり好きではないとか、障害をポロポロと落とすというのであれば、障害のトレーニングは辞めてウチの練習馬として一般のお客様が乗れるような調教をやってみたりはしています。障害を力強く飛んでいったり、難無く飛越するような障害に向く馬は別メニューで障害の練習をします」  障害の素質ありと見込まれ別メニューを組まれた馬たちも、基本的には長時間の調教はしないのだという。  「馬が障害飛越を嫌がらないよう、ちゃんと飛べば早く終わるんだというマインドにしてあげるようにしています」  だが競走馬が引退する理由として、JRAの場合では成績が頭打ちになるというのもあるが、馬体に故障があって痛い箇所があるケースが多く、全く故障のない状態で来る馬は少ない。  「仮に馬体が100%の状態でも難しい場合もありますが、たいてい痛い箇所があってここに来るので、高い障害よりも低い障害を飛越させた方がいいというのはありますね」  増山さんが言うように、競走馬時代からの故障箇所があるため、低い障害を飛ばせるというのもあるだろうが、海外から輸入された中間種に比べるとサラブレッドはパワーよりも素軽さが勝っている傾向にある、110㎝、120㎝などの低い障害のクラス向きとも考えられる。現にそのクラスの競技にはサラブレッドの出場頭数が多いこともあるようだ。  もう少しハイクラスの競技会では、サラブレッドが通用する可能性はあるのだろうか?  「これは僕の考えですけど、障害飛越競技では才能のあるサラブレッドなら活躍する可能性はあり得るのではないかと思います。総合馬術(馬場馬術、クロスカントリー、障害飛越の3競技で競う)でも、リオオリンピックで海外の選手が引退競走馬で出場していたのでゼロではないと思います。馬場馬術に関しては僕の専門ではないので、あまり適当なことも言えないのですが…。馬場馬術は、肩をすごく上げて前に出すというように、動きに我慢強さが求められるように思うんです。それを考えると、サラブレッドは障害の方が向いていると感じます」  馬場馬術ではかつて、中俣修選手(故人)とのコンビで国際大会に入賞したアサマリュウという元競走馬がいた。それ以降アサマリュウを凌駕する馬は、日本では現れていない。馬場馬術特有の繊細な動きは、サラブレッドには合っていないのかもしれない。増山さんは、障害飛越競技でこそ、サラブレッドの持つ瞬発力とスピードが生かせると考える。  「オリンピックレベルの大会になると、さすがに通用する馬は少ないとは思いますが、国内で中障害と言われる高さ130㎝のクラスであれば問題なくこなせるサラブレッドもたくさんいます。日本人は欧米と比べると体格的にそんなに大きくなく力強さもないので、海外から来た中間種だと抑えきれずに持っていかれたりするんですね。その点サラブレッドは、口が柔らかくて敏感ですし、脚の指示に対してもシュッと反応してくれます。僕らはそのように反応してくれることを『軽い』と表現していますが、人間が余計なパワーを使わずに乗れるのではないかと思います。なのでむしろ日本人にはサラブレッドの方が向いているのではないかと思います」  その軽さとサラブレッドの持つスピードがうまくマッチすれば、障害飛越競技ではサラブレッドが持てる能力を発揮して好成績を収める可能性は十分にありそうだ。  また競技においては、持ち前のスピードが重要なファクターとなる場合もあると増山さんは言う。  「ソウルやバルセロナオリンピックあたりでは馬が飛べる高さの限界のところで障害を組んでいましたが、それでは馬も苦しいでしょうし、今は高さよりもコースの難易度を上げています」  障害と障害の間の距離や、障害を飛びやすくするためのコース取りなど、高さだけではなくテクニックが問われるコースレイアウトが昨今では主流になっている。  「ただそれも多くの人馬が克服してきています。ではどうすれば馬に負担のないハイレベルな競技になるかというと、あとはスピードなんですよ。障害飛越競技では、スタートからゴールまでタイムを計っているのですが、例えば中間種が70秒でゴールするところを65秒にしようとすると、5秒タイムを詰めなければならないですよね。となると、それまでのリズムよりも速くしなければならないので、馬も焦るわけです。でもサラブレッドだったら、中間種に比べると元々が速い馬たちなので、早いタイムを目標にしても焦らず余裕を持って回ってくることができると思うんです。それも軽くてスピードのあるサラブレッドだからこそできるのであって、そのあたりは注目はされていますし、僕がサラブレッドが障害に向いていると思う理由の1つが、このスピード感にあります」


写真:障害を飛越するスタークソックス号と増山大治郎さん(写真:©信田 尚吾)




このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。


 

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