タイキポーラが教えてくれた「本当の引退」🐎
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引退馬支援のパイオニアであり、認定NPO法人引退馬協会・代表理事の沼田恭子氏が、
馬と暮らす毎日から抱く思いを綴ります。
サムネール画像:タービランス(引退馬協会所有馬/フォスターホース)とともに
今年も4月16日のナイスネイチャの誕生日とともに、引退馬支援のためのご寄付を募るドネーションが始まりました。
今年で9回目。ナイスネイチャが29歳の時に始まったこの活動は、「生まれ故郷で多くの支えに包まれて過ごす彼のような幸せを、一頭でも多くの馬に繋げたい」という一心で続けてきました。今も途切れることなく寄せられる皆さまのあたたかなお気持ちに、心より感謝申し上げます。
ナイスネイチャ・バースデードネーション/メモリアルドネーション(引退馬協会公式サイト)

タイキポーラとの出会い
「受け入れる馬はどう選んでいるのですか?」と聞かれることがよくあります。しかし、私たちが自ら選ぶことはほとんどありません。
一頭一頭、そこには必ず、その馬を想う方々との「縁」があります。私たちはただ、その縁を次の馬生へと手渡す役割を担っているに過ぎません。
今回のドネーションでも、重賞勝ち馬や馬齢7歳以上といったいくつかのテーマを設けていますが、その条件の先にあるのは常に、一頭の馬のリアルな人生(馬生)です。
その象徴ともいえる出会いが、タイキポーラでした。
タイキポーラ(1996.4.28‐2025.1.29) プロフィール
2021年「ナイスネイチャ・33歳のバースデードネーション」5頭目の対象馬として受け入れが決まった彼女に会いに、私は青森の牧場を訪ねました。

タイキポーラはトウカイテイオーの娘として1996年に北海道の大樹ファームで生まれ、中央競馬でマーメイドSを制するなど32戦7勝。輝かしい戦績を提げて繁殖牝馬となった彼女は、24歳になる2020年まで、実に14頭もの子を産み育ててきました。
通常、20歳前後で引退することが多い繁殖生活を、これほど長く務め上げた馬に私は初めて会いました。対面したポーラは、力強い馬体と、すべてを見通すような凛とした賢い瞳をしていました。
血統と成績、競走馬として母として
タイキポーラが背負い続けたもの
その後、ご縁があって青森県十和田市の小笠原牧場へと移った彼女は、2025年1月に旅立つまでの3年4か月間を、安住の地小笠原牧場で暮らしました。
親友のデフィニット(引退馬協会フォスターホース。2025年10月18日永眠)と寄り添い、小笠原さんの温かな眼差しと多くのファンに支えられ、穏やかな時間を過ごしました。
競走馬として、そして母として。重い責任を背負い走り続けてきた彼女が、25歳にしてようやくすべての役割から解き放たれ、「ただの馬」として静かに、ゆっくりと過ごせた。それは、彼女の長い一生における、神様からの贈り物のような時間だったのではないでしょうか。

優秀であるがゆえに、過酷な期待を背負い続けなければならない馬たちがいます。
彼らが最後にたどり着く場所が、どうか穏やかであってほしい。
しかし、現実は甘くありません。ポーラのように最後の一歩までたどり着ける例は、まだほんの一握りです。
私たちは願っています。
どんな馬たちにも、等しく安住の時が与えられることを。
ドネーションという活動は、その理想へ向かうための小さな、けれど確かな一歩です。
皆様の想いが、また次の一頭の幸せへと繋がりますように。これからも、この歩みを止めることなく続けていきたいと思います。
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ナイスネイチャ・メモリアルドネーション 2026
2026.4.16〜5.15
今年のテーマは「重賞(中央・地方)勝ち馬をフォスターホースに」。
1頭でも多くの馬生を繋げたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
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Profile
沼田恭子(ぬまたきょうこ)
広島県生まれ。乗馬倶楽部イグレット 代表取締役、認定NPO法人引退馬協会 代表理事。1997年、引退馬協会の前身となる「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」を設立。2011年「特定非営利活動法人引退馬協会」設立、2013年「認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)」となった。
文:沼田 恭子
構成:Yumiko Okayama
編集:椎葉 権成
著作:Creem Pan




























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