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「爪痕を残すぞ!」と意気込んで、いざ撮影本番に入ってみると…🐴👨🏻‍🦲🪷


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かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。

「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。


いざ撮影が始まってみると…


ジワジワと滲み出る頭部の皮質を、ペタペタ触って自分でウワッとか言っているのも飽きた頃、急遽待機していたエキストラ全員が呼ばれた。暇を持て余し、地道に現実逃避に励む役付きのエキストラも、観客要員として使うことにしたらしい。妄想もそろそろ限界だったので、動きがあるのは助かる。

心底うんざりするような炎天下の元へ出ると、それでもやっぱり撮影は進まなかった。コース脇に行け、今度はスタンド席へ行け、と指示のたびに移動しては待っているのだが、撮影が始まる気配が一向に無い。



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そうか、これは実は壮大なドッキリ的な企画なのではないか。じつは人間の退屈している時の所作を観察される、人間ウオッチング的な企画が秘密裏に進行しているのではないか。となれば、隠しカメラの場所を探しださなければ。こっそり鼻をほじっていた残念な顔がすでに撮られているのではないか。

そんな妄想にもほとほと飽きた頃、俳優さんが入ってきて、ついに撮影が始まった。

出走馬の馬場入りのシーンだという。エキストラ全体に「思い切り声を出して応援してください」との演技指導が入る。実際に馬はいないので、いるであろう場所に向かって「頑張れ」「頼むぞ」そんなセリフを言うのが妥当なのであろう。

やってやろうではないか。うっぷんは溜まり過ぎるほどに溜まり、既にプンプンだ。一観客エキストラとしても思い切り傷跡を残して、ドラマを見ている際に「あ、今の俺の声」なんて言ったろうではないか。


しかし実際のところ、全く声を上げることはできなかった。

だって恥ずかしいから。恥ずかしがっている自分にビックリするほど恥ずかしかった。

テスト撮影で「スタートおっ!」の声を聴いた瞬間、うなじ辺りがブワッと粟立ち、あとはひたすらモジモジした。排尿我慢大会の決勝の如くモジモジした。数百人のエキストラがいて、誰も私のことなど気にしてはいない。もちろん映ってもいないだろう。

それでも恥ずかしかった。隣のお兄さんは楽しそうに「頼んだぞおーっ!」なんて声を上げている。だが追随することはできなかった。

結局最後まで、声を出すことが全くできなかった。好きな馬を見守るオジサン設定を自身に課し、優しいほほえみを浮かべてみたが、もちろん完全に無意味だ。自分の意気地の無さに心で泣く。完敗である。傷跡どころか刷毛で撫でた程度の痕跡も残せないまま、館内へと戻された。


午後になり、傷心のまま地下馬道、検量室前での撮影が始まった。ここで観客役だったエキストラはお役御免で解放となり、役付きのエキストラのみが残される。

検量室前は、レースを終えた馬が戻ってくる場所だ。調教師や馬主は、自分の馬をここで待つ。馬が戻ってくれば、騎手は下馬し、馬装を解く。まさにそんなシーンを撮るという。

ここではエキストラの個人個人に演技指導が入った。私は調教師として、自分の馬の帰りを待つ演技。すぐ横では俳優さんたちが演技をしている。

セリフは無く、動きは別段難しいものではないのだが、困ったことになった。帰ってくる馬を待つのだが、もちろんそんな馬はいない。つまり帰ってこない。いつまで待っても。

想像してみて欲しい。馬が来るべき方向を覗いて、なかなか来ないなぁみたいな顔をチョットする。この間、どんなじっくりやっても10秒満たないだろう。当然、まだ俳優さんの演技は続いてカットはかからない。なので再び馬が来るべき方向を覗いて、なかなか来ないなぁみたいな顔をチョットする。

これを延々繰り返す。巻き戻して再生。人形の如く同じ動きを繰り返す。ほかの調教師役の人もみんな同じような動きをしているので、一帯がホントにカリブの海賊のアトラクション化していた。まあまあ不思議な光景で、現実にはあり得ない。要は雰囲気作りなのだろう。

因みに随分前から、あわよくば目立って爪痕を残したいと目論んでいた私の野望。信長の千分の一くらいの野望はとっくに霧散している。


次に検量室内のシーンだった。私は小さなモニター前で、もう一人の調教師役の人とレース中継を見ながら応援する、という演技を指示された。俳優さんたちは、だいぶ離れた大きなモニター前で演技をしている。カメラの位置からして私たちが映る可能性はなさそうだ。これはもう、芸能人をじっくり見たい野次馬ギャラリーと化しても良いのではないか。

そうと思ったら、リハーサルで私の隣にいた調教師役の方が、かなり真剣に演技をするではないか。もう演技指導以上の、スピンオフ的なストーリーを感じる演技だった。

すぐ隣の私が露骨にサボるわけにはいかない。かといって既に信長の失望と化した私が熱い演技をできるわけもない。お茶を濁す程度の、ほどほどにモジモジを効かせた演技で隣に応えた。思えばこの方は、先ほどの検量室前のシーンでもかなり真剣に演技をしていたのを思い出す。とても素人には見えなかった。


(当日は撮影禁止の為)東京競馬場の参考資料
(当日は撮影禁止の為)東京競馬場の参考資料

(つづく)


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文:国分 二朗

編集:椎葉 権成

著作:Creem Pan

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