北口氏にとって「トウカイテイオーは宝物」濃密な思い出を取材した件について🐴
- 37 分前
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馬のような謎の四足歩行生物「UMA」の産みの親である
イラストレーター・鷹月ナトが、
日頃の制作活動の舞台裏や、馬への愛を書き連ねる連載です。
前回の北口氏へのトウカイテイオーについて取材の続きの内容になります。

一番思入れのあるレースは
北口氏にとって思入れのあるレースは皐月賞。皐月賞の前のレース、若葉ステークスにてトウカイテイオーが勝利後、北口氏は口取りの写真には参加しなかったのこと。そのことに対して調教師が怒りに北口氏の下へ行くが「次が本番で勝つから」と自信満々に話した北口氏。それについては調教師も納得せざるをえないと思えるほど馬に自信があった故か、それ以上は怒ることはなかったとか。
結果、4歳時(現在の3歳)はダービーも無傷で勝利。この連勝っぷりに同世代に敵は無しと誰もが思うところだろう。
その他零れ話
インタビューの質問の合間にあった零れ話をピックアップ。
北口氏が所属していた松本厩舎の周りには、戸山厩舎にテイオーの翌年にクラシック2冠を制覇したミホノブルボン、佐山厩舎にはスプリンターズステークスを制覇したヒシアケボノがいたりとG1馬が特定のエリアに集中していた時期があった。
また厩舎同士は仲が良く、別厩舎で勝った馬がいればおめでとうと言いあったりとしていた。
テイオーと初めて会ったのは検疫後の厩舎に入ってきたタイミングだった。なんか線の細い馬だなぁという印象だったが新馬戦勝ったところを見て強い馬なんだなと改める。
そして調教助手として彼にに乗ったことにより、走る馬とはこういう馬だと彼から教えてもらい、その後の仕事の大きな糧になった。
遠征で美浦にトウカイテイオーが来た際は、テイオーの父シンボリルドルフを見ていた野平調教師がわざわざ見に来ることもあったようだ。

北口氏が競馬の世界に入ったのはTTG世代の後くらい、当時はヒンドスタンやハイペリオン系の産駒が多かった時代。トウカイテイオーに携わったのは20代後半頃だった。
両親が両方とも気性が荒かった中で生まれてきたトウカイテイオーは、非常に大人しかった。
テイオーの頭にヘルメットを被せたり、首ぶら下がってそのまま持ち上げて遊んでくれたりと嫌がることはなく対応してくれていたとのこと。
トウカイテイオーのイメージはマキバオーのカスケード、かっこよくて2冠馬と被るところも多い。精悍さもあって王子様みたいな印象。
北口氏にとってトウカイテイオーは宝物、財産。
20代の頃に出会い、調教助手として走る馬の背中を知れたことがその後にも繋がっていった。実際にリスグラシューにも繋がっていて、一人一人のホースマン達にも競馬のドラマがあってとても奥が深い…そう感じさせられた内容でした。
濃厚なそして莫大なテイオーの情報量を得た後は、名牝リスグラシューについてもインタビュー。
トウカイテイオーの時は調教助手として見ていた際の話であったが、リスグラシューは厩務員として担当されていた際の話を伺っていく。
(次回に続く)
文:鷹月 ナト
編集:椎葉 権成
著作:Creem Pan

























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