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馬たちの震災と、引退馬協会の歩み🐴

  • 20 分前
  • 読了時間: 5分


引退馬支援のパイオニアであり、認定NPO法人引退馬協会・代表理事の沼田恭子氏が、

馬と暮らす毎日から抱く思いを綴ります。

サムネール画像:タービランス(引退馬協会所有馬/フォスターホース)とともに

※今回の記事では、東日本大震災で被災した厩舎等の画像を掲載しています。一部に、亡くなった馬たちの様子がわかる写真もあります。閲覧の際はご注意ください。


【第1回】2011年3月〜5月:被災地 相双地域へ


2011年3月11日の東日本大震災から15年が経ちました。多くのテレビ番組が当時の状況を振り返る中、馬たちにとっても、未曽有の災禍であったことを忘れてはなりません。


とくに、引退馬協会が支援に深く関わったのが、毎年伝統の野馬追が行われる相双地域(相馬・双葉)。

当時の地元獣医師の記憶によれば、約370頭もの馬が飼育されていました。

しかし、突然の震災とそれに続く福島第一原発の事故による避難指示により、震災1週間後には、多くの人々が馬を置いて避難せざるを得ない状況が明らかになったのです。


奇しくも、引退馬協会は震災のわずか1ヶ月前の2月8日に、前身である「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」からNPO法人として設立されたばかりでした。そんな中で、相馬在住の方からの切迫した1本の電話が、「被災馬支援」の始まりとなりました。この支援は、全国の馬を愛する多くの人々の心を一つにし、大きな支えとなって展開されていきました。


手元に残る資料を紐解きながら、当時の記憶をたどりたいと思います。



2016年11月15日発行『馬の命を守れ! 〜引退馬協会活動記録〜』(著者:認定NPO法人引退馬協会)より。

福島第一原発から半径20km圏内にある厩舎を訪れたときの記録写真を掲載。※書籍は絶版となっています





混迷の中で始まった支援活動


【2011年4月1日付 報告】(「被災馬INFO」より)


引退馬協会は震災発生から1週間という短期間で「被災馬INFO」を立ち上げると同時に、馬たちのための「被災馬基金」も開設しました。この報告は、その2週間後の状況をまとめたものです。


※「被災馬INFO」引退馬協会が設立したWebサイト。インターネットを介して被災馬の情報を集めて多くの人々と共有し、被災馬支援につなげる(現在は非公開)


当時の喫緊の目的は、相双地区に住む馬たちの情報を集約し、橋渡しすることでした。相双地区は、震災と津波に加え、原発20km圏内、30km圏内、そしてそれ以外の退避区域という3つの地域に分断され、馬たちの情報は断片的にしか入ってきませんでした。


極限の状況下で現地に留まり、馬の世話を続ける人もいましたが、大半の人は馬を残して避難するしか選択肢がありませんでした。沿岸部にあった飼料倉庫は津波で流され、ガソリン不足によって飼料業者の配送も困難を極めました。この時期、やむを得ず馬を手放す人が増え、協会は馬の引き取り手や一時的な疎開先を全国に募りました。この地域の馬のほとんどが引退競走馬であったことから、競馬関係者にも広く支援を呼びかけました。


3月31日には最初の飼料支援が実現。

ヘイキューブ100袋を、中村神社を拠点に配布することができました。馬たちの正確な名簿がなかったため、この日から名簿作りも本格的に始まりました。


さらに4月13日には、津波で甚大な被害を受け、多くの馬が命を落とした20km圏内の牧場から、衰弱した11頭の馬の譲渡を受け入れました。これらの馬たちは、30km圏内にある利用されていなかった牧場へ移動させ、協会が管理者を派遣して保護にあたりました。ボランティア獣医師の派遣も行われ、医療面でのサポートも開始されました。



『馬の命を守れ!』より。津波から生き延びても、飼料不足で亡くなる馬がたくさんいました。

生き残った馬たちも心身ともに大きな傷みを負っていました


【2011年5月11日付 報告】(「被災馬INFO」より)


4月1日の報告以降、協会はこの間3回にわたり被災地を訪問しました。現地で明らかになったのは、人の物資さえも滞りがちな状況と、津波と原発事故によって物流が完全に停止していたこの地区における、飼料支援の圧倒的な必要性でした。


当初は中村神社1ヶ所だった拠点を5ヶ所に増やし、支援を希望する152頭の馬たちへ飼料を供給しました。


テレビニュースでも報じられた通り、4月22日には原発20km圏内が「警戒区域」に指定され、立ち入りが大きく制限されました。当時、家畜は一切の移動が禁じられましたが、野馬追に使われる馬は「家畜ではない」という特例が認められ、5月2日には28頭の馬が警戒区域外へと無事に避難することができました。この時点で、計44頭の馬が協会の直接保護対象となりました。


2011年4月、相馬にも桜が咲きました
2011年4月、相馬にも桜が咲きました

この当時、今後の支援を7月末までと見込んでいましたが、南相馬市が「緊急時避難準備区域」となり、福島原発の状況は依然として先行き不透明なままでした。


「被災馬INFO」には、全国から多くの励ましのメッセージが寄せられ、同時に基金も集まりました。困難の連続でしたが、皆さんの温かい励ましがあったからこそ、私たちは前向きに活動を続けることができたと心から思っています。


2011年4月。当時、引退馬協会が管理していた被災馬たち(ハーモニィセンター相馬ポニー牧場にて)
2011年4月。当時、引退馬協会が管理していた被災馬たち(ハーモニィセンター相馬ポニー牧場にて)

今回はここまでとさせていただきます。

次回は、震災発生から半年後の様子と、その後の活動についてご報告していきます。


※「被災馬INFO」の公式サイトは、現在は非公開となっています。Facebookではその一部や関連の活動などをご紹介したものが閲覧できます。


Profile

沼田恭子(ぬまたきょうこ)


広島県生まれ。乗馬倶楽部イグレット 代表取締役、認定NPO法人引退馬協会 代表理事。1997年、引退馬協会の前身となる「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」を設立。2011年「特定非営利活動法人引退馬協会」設立、2013年「認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)」となった。




文:沼田 恭子

構成:Yumiko Okayama

編集:椎葉 権成

著作:Creem Pan


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