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震災を乗り越え、命を繋ぐ被災馬支援🐴

  • 19 時間前
  • 読了時間: 5分


引退馬支援のパイオニアであり、認定NPO法人引退馬協会・代表理事の沼田恭子氏が、

馬と暮らす毎日から抱く思いを綴ります。

サムネール画像:タービランス(引退馬協会所有馬/フォスターホース)とともに

※今回の記事では、東日本大震災で被災した厩舎等の画像を掲載しています。閲覧の際はご注意ください。


東日本大震災が発生した当時、引退馬協会はNPO法人になったばかりでした。甚大な被害、たくさんの方が被災されました。そして、多くの馬たちも。あれから15年。忘れてはいけない記憶として、私たちの活動のひとつである被災馬支援のことを数回に分けて振り返ります。


馬たちの震災と、引退馬協会の歩み

【第2回】初期支援の拡大と北海道への疎開


2011年3月11日、東日本大震災発生。未曽有の災害は、多くの尊い命と共に、相馬の地に生きる馬たちからも平穏な日常を奪いました。その混乱の中、震災から約3週間後という異例の早さで始まった飼料支援は、同年8月まで途切れることなく継続することができました。


津波被害があった場所に立つ被災馬たち(右:被災馬フォスターホース ハーモニィチトセチャン)画像提供:いずれも引退馬協会
津波被害があった場所に立つ被災馬たち(右:被災馬フォスターホース ハーモニィチトセチャン)画像提供:いずれも引退馬協会



津波の被害に遭った厩舎
津波の被害に遭った厩舎

初期支援の拡大と北海道への疎開


当初、中村神社の一箇所だった支援拠点は、最終的に7箇所まで拡大し、最大202頭もの被災馬たちへの支援を可能にしました。そして2011年8月8日からは、日高町やダーレージャパン株式会社の多大なご支援により、約50頭の馬たちが遠く北海道日高町への疎開を実現しました。


この大規模な受け入れが、当時の緊迫した状況下で実現したことは、まさに奇跡としか言いようがありません。多くの馬主が安堵され、一時的な飢餓状態にあった馬たちが、北海道の豊かな大地で再び伸び伸びと暮らせるようになったことは、計り知れない安らぎと希望を与えてくれたと確信しています。この移動の際には、多くの相馬の方々が自ら馬運車を運転し、大切な馬たちを安全な場所へと運びました。地域が一丸となったその姿は、私たちに深い感動を与えてくれました。



警戒区域での苦闘と献身


一方で、震災直後に20キロ圏内から救出され、相馬ポニー牧場に運ばれた馬たちもいました。栄養失調による皮膚病など、当初は厳しい状況にありましたが、スタッフの日々の献身的な管理により、奇跡的な回復を見せ、新たな飼い主の元へと譲渡されました。困難な状況を乗り越えた馬たちを温かい心で引き受けてくださった方々に、心から感謝申し上げます。


20キロ圏内からの避難馬28頭に対しては、2011年5月6日時点でも国の特例としての移動許可が降りていない状況でした。避難当初は餌やりと馬房掃除で手一杯でしたが、ボランティアの皆様のご協力により、次第に馬たちの運動等も確保できるようになりました。広々とした環境で放牧ができるようになり、馬たちは本来の活気を取り戻しつつありました。


しかし、その喜びも長くは続きませんでした。放牧によって体内被曝量が増加する可能性が判明し、その後、放牧は禁止せざるを得なくなったのです。青草が生い茂る素晴らしい放牧地があるにもかかわらず、馬たちは薄暗い厩舎に閉じ込められ、運動は引き馬のみという日々が続きました。当時、協会の派遣スタッフ1名と現地スタッフ3名の計4名の限られた人員の中で懸命に馬たちの世話にあたりました。


「原則として生きたまま警戒区域から出さない」という国のスタンスは変わらず、県も同様の姿勢を維持していたため、これらの馬たちの未来に対する不安は尽きませんでした。


被災馬たちへの医療支援のようす
被災馬たちへの医療支援のようす

多くの支援が紡いだ命の物語


皆様から寄せられた温かいご支援は、この活動を継続する上でかけがえのない力となりました。しかし、馬の避難所での長期にわたる支援活動は、重医療費などの大きな負担を伴い、財政的な窮地に陥ることもありました。それでも、SNSなどを通じた皆様への呼びかけにより、その都度、奇跡的に困難を乗り越えることができました。


2011年の震災から15年が経過した今、改めて振り返ると、実に多くの方々の支えがあってこそ、私たちの活動が今日まで続いていると痛感します。



NPOとしての強みと人々の善意


震災を機に改めて痛感したのは、NPO法人として活動したことの重要性です。震災発生は、引退馬協会がNPO法人の認可を得てわずか1ヶ月後の出来事でした。また、協会の最初のフォスターホースであったグラールストーンが永眠した翌日に、その認可が降りたという巡り合わせも、私たちに大きな意味を与えています。NPOとしての組織体制があったからこそ、震災直後の初動において、迅速かつ柔軟な対応が可能となりました。


引退馬協会 フォスターホース第1号 グラールストーン(父ノーリュート 母ウラカワミユキ、ナイスネイチャ半弟)グラールが亡くなった2011年2月5日の翌日、引退馬協会にNPO法人の認可が下りました
引退馬協会 フォスターホース第1号 グラールストーン(父ノーリュート 母ウラカワミユキ、ナイスネイチャ半弟)グラールが亡くなった2011年2月5日の翌日、引退馬協会にNPO法人の認可が下りました

当時はクラウドファンディングという概念がまだ一般的ではなかった時代ですが、たくさんの個人の方の他にも、企業や騎手会、ハッツオフなどさまざまな団体から温かなご支援をいただき、私たちが立ち上げた被災馬INFOには総額2850万円ものご寄付を賜りました(2012年5月)。この計り知れないご支援が、馬たちの命を繋ぐ大きな力となりました。その後も今日に至るまで、ご寄付による支援を続けてくださる方もいらっしゃいます。本当にありがとうございます。


そして何よりも、数えきれない個人の方々の献身的なサポートがありました。いつ寝ているのかもわからないほどSNSに張り付き情報提供を続けてくれたKさん、線量の高い地域で危険を顧みず馬の世話を引き受けてくれたMさんや地元の方々など、多くの方々の存在が、私たちの活動を支え続けてくれたのです。


被災馬のことを気にかけ支援していただきました皆様へのこの感謝の気持ちは、どれだけ時が経っても色褪せることはありません。


Profile

沼田恭子(ぬまたきょうこ)


広島県生まれ。乗馬倶楽部イグレット 代表取締役、認定NPO法人引退馬協会 代表理事。1997年、引退馬協会の前身となる「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」を設立。2011年「特定非営利活動法人引退馬協会」設立、2013年「認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)」となった。



文:沼田 恭子

構成:Yumiko Okayama

編集:椎葉 権成

著作:Creem Pan


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