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「自立した牧場」への道のり|引退馬ビジネスの風雲児 2/2(Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 岩﨑 崇文)



引退馬事業として珍しいクラウドファンディングへの挑戦、Yogiboとのタイアップ…意欲的なチャレンジを続けるヴェルサイユリゾートファーム代表・岩﨑崇文さん。「引退馬ビジネスの風雲児」として、岩﨑さんに引退馬事業を始めるまでの経緯やその後の展望を聞いてから、約2年の月日が経った。あれから牧場や岩﨑さんに、どんな変化があったのだろうか──。後編となる今回は、岩﨑さんの見据える、今後のヴェルサイユリゾートファームの展望について伺っていく。




ゴールは「自立」した養老牧場


では、現時点で岩﨑さんが考えるゴールとは何なのか。

それは、補助金や助成金などに頼らない「自立」した養老牧場だという。

「引退馬の牧場自体が、収益を自分たちで上げて、別に支援を受けなくてもやっていけるよというような体制を作るのが、最終的なゴールかなというのは最近考えています」


そのためには、競馬産業から出ると経済価値が下落してしまう元競走馬たちにどのような役割、可能性を見つけてあげられるかどうかに懸かっている。その馬が持つネームバリューにキャラクターを付け加えて、SNSを利用してそれを発信し、会いに行けたり、グッズが買えたり、その馬への愛情をユーザーが行動に変えられる形を実現しているのがヴェルサイユリゾートファームだ。



左から、ヨギボークッションと戯れるオジュウチョウサンとアオイクレアトール、

画伯として人気になったワンダーアキュート(本人提供)


「アドマイヤジャパンが出演したYogiboのCMのように役割とか価値、可能性を見出してあげればいいのではないかと。彼らの可能性は本当に無限大だと思うので、そこをどう見つけてあげられるかが重要だと思います。ゆくゆくは『引退馬支援』という言葉もなくしていきたいなと思っていたりします。引退馬たちが当然のようにお金を稼いで、良いビジネスパートナーになれればいいのかなと思いますね」


そうは言っても、元競走馬たちに新しい役割を見つけてあげるのはそう容易なことではない。セカンドキャリア、サードキャリアとなって馬たちが高齢になればなるほどその難易度は増していく。最終的には、放牧の風景を見られるような環境、つまり馬たちが馬らしく生きているだけでお金を生み出せるようになれば一番良い。課題や解決しなければいけない問題は多いが、発想としては、放牧地にカフェや老人ホームなどを併設するというようなアイディアを岩﨑さんは提唱する。


Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表・岩﨑崇文さん(Creem Pan 撮影)


窓を開けたら牧場が広がっており、馬は放されてるだけでその場にいる人たちは上から見たり、放牧地まで降りてって行ったりできる──。そんな環境を作りたいという思いは、常に持っている。得意不得意がある中で、できないことが多い馬たちにもそういう馬たちなりの仕事を見つけてあげたい。そういった馬たちが活躍できる場所を作ってあげることも「人の役割だと思う」と岩﨑さんは言う。


「ただ、人と馬とがそういった関係を構築していくには、まだ日本人にとって馬という存在が遠く、そして認知度が低すぎるという問題があります。馬というと、どうしても競馬のイメージが先行します。一方で馬術に目を向けると、こちらはこちらで敷居が高い。また、それぞれの業界も連携が万全かと言われればそうではなく、ある種の壁や分断のようなものが拭いきれません」


先日、岩﨑さんが東京を訪れ、とある乗馬クラブに馬運車を駐車しているときのこと。馬運車に書かれた牧場名を見た人がオンライン検索をしたところ「こんな素晴らしいことやってるのを初めて知った」、「感銘を受けた」という電話が牧場に掛かってきたそうだ。競馬の世界である程度知名度をあげても、馬術の世界ではまだまだ知られていない。そんな乖離を少しでも埋めていく手助けができればいい。


「今は競馬界だけど、リトレーニングなども積極的に行って、来年ぐらいから馬術の方にもアプローチしていこうかなというのは、そこでちょっと思いましたね。やはり馬術をやる方々には経営者も多いですし、そこから何か発展できることもあるのではないかと。日高町も馬産地ではあるんですが、乗馬クラブはないので、スポーツ少年団とか、そういうのもできたらいいなと思います。特に牧場内で馬のトレーニングができるようになると、馬にとっても生きやすくなりますし、お客様にとっても価値ある場所になると思います」


美しい虹と写る、ブリアールとノヴァンクール(本人提供)


ヴェルサイユリゾートファームは、この冬、「引退馬牧場、新しい未来への挑戦。|#引退馬と呼ばない未来へ」を掲げて新たなクラウドファンディングに挑戦する。今回の目標は、引退馬たちのためにインドア建設をすること。牧場内で競走引退馬たちのリトレーニングも行えるようになる。これまでは別の団体・施設に預けていたが、その際の輸送の負担を減らし、リトレーニング中も見学が可能な状態を目指す。


上述の通り、「自立」を目指しているものの、今回のクラファンが必要だったように、まだまだ道のりは険しいと言える。しかし設備が整ったその先に、岩﨑さんの思い描く「自立」する牧場があるのだろう。


クラウドファンディングサイト「READYFOR」より 支援募集は1月31日(金)午後11:00まで



大きな転換期を迎えている引退馬をとりまく支援の輪


ここ数年で引退馬を取り巻く環境というのは、大きく変化したようにも思える。実際、その業界の中に身を置いている立場として、引退馬の支援業界全体の現状を岩﨑さん自身はどう捉えているのだろうか。


「2~3年前に比べたら大分良くなってきた実感はあります。最初は本当に助成金もないところでやってたのが、今ではJRAさんからも出るようになっていますし、あとはゲームの影響などで一般の方も興味持ってもらえている機会が増えてるというのは感じます。その一方で、少し角度を変えて、目線を引いて遠くから見ると何にも進んでいないのかもしれません。馬術界での話もそうですが、全く知られてもいないっていうところもあると思うので、知ってもらえる機会を作ることができればいいのかなと、それがこの業界を進歩させる一番の近道なんじゃないでしょうか」


馬をよく知らない人たちは、引退馬の「い」の字すら知らないかもしれない。馬に興味ない、一般の人からも認知してもらえるような場所、馬を少しでも近くに感じられるような場所を作ることが日本人にとって必要な取り組みになってくるのではないだろうか。海外のように一軒家がたくさん建つ集落の中に一つ牧場のような施設があったり、各家で大きな庭で馬を飼っていたり、そんな景色が日本にあってもいいのではないかと考えたりもする。




ふれあい体験会の様子(本人提供)


「馬術の世界は、『馬=ペット』の感覚に近いのかなという感じですが、競馬の世界は経済動物と割り切っているところが大きいのかもしれません。それは競馬にとってある意味で必要不可欠なマインドであって、良いとも悪いとも言えない。逆に言うと、私自身が元々、競馬にあまり興味がないので、そういうマインドに縛られずにこういう事業が展開できているのかもしれないですね」


近年、JRAが力を入れてイメージ戦略を立てているとはいえ、いまだに「競馬=ギャンブル」というイメージは根強い。その関係性を切り離すことは不可能でも分けて考えられる形を作っていく方が、馬のためにもなるのかもしれない。競馬に興味ある人は、昨今の競馬場が若者で溢れ、家族連れが多く、子供たちの声も聞こえるクリーンなイメージになっていることがわかるが、そうでない人たちにとって、競馬場はまだギャンブルをする暗いイメージのままだという声は耳にする機会も多い。


「今はやっぱり競馬=悪というか、引退馬は可哀想というイメージが強くなってしまっています。その認識を払拭するのは難しいかもしれませんが、もう少しクリーンな感じに見えてくるようにする必要はあると思います」


食文化がある以上、一定数がと畜に回るのは仕方がない。そういう馬たちのおかげで恩恵を受けているものたち、例えば動物園の肉食獣たちのような生き物もいるのだから必ずしもと畜が悪であるということはない。しかし、せめて不用意なと畜をなるべく減らし、セカンドキャリア、サードキャリアに進める馬たち、その環境を増やしていくことが業界の大きな進歩、改革に繋がっていくはずだ。


──様々な取り組みへの挑戦を続ける岩﨑さんが、この事業を続けているモチベーションはどこにあるのだろうか。


「やはりファンの方に喜んでもらっているとか、そういうところですかね。SNSを見ても『めちゃくちゃいいところだった』、『また、来たい!』とか、『馬がすごく幸せそうだった』とか励みになります。あとは見て分かるように、牧場がどんどん自分の思っていた形に実現していくというのも一つのモチベーションですね」


Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表・岩﨑崇文さん(Creem Pan 撮影)


この2年で少しずつ、それでも確実に風向きは変わってきた。引退馬たちが当たり前のようにお金を稼ぎ、養老牧場が寄付に頼らずに自立できる理想に近づくために、馬たちにとってより良い環境、循環を作ることが大切だろう。


観光施設として、種牡馬のいる牧場として、そしてリトレーニングが可能な牧場として──。「馬たちにとって少しでも良い方向に繋がるのであれば、どんどんと挑戦していく」という岩﨑さんは、業界全体の新たな流れを作り出すパイオニアとなり得る存在だ。


 


監修者プロフィール:平林健一
(Loveuma.運営責任者 / 株式会社Creem Pan 代表取締役)

1987年、青森県生まれ、千葉県育ち、渋谷区在住。 幼少期から大の競馬好きとして育った。自主制作映像がきっかけで映像の道を志し、多摩美術大学へ。卒業後はメディア制作の上場企業に映像ディレクターとして就職し、2017年に社内サークルとしてCreem Panを発足。その活動の一環として、映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画・監督し、2020年に同作が門真国際映画祭2020で優秀賞と大阪府知事賞を受賞した。2021年にCreem Panを法人化し、Loveuma.の開発・運営を開始。JRA・JRA-VAN・netkeiba・テレビ東京系競馬特別番組・馬主会やクラブ法人の広告物など、多数の競馬関連コンテンツ制作に携わる傍で、メディア制作を通じた引退馬支援をライフワークにする。


 

 
 

 

取材協力: 岩﨑 崇文(Yogiboヴェルサイユリゾートファーム 代表)


取材:平林 健一

写真:椎葉 権成

デザイン:椎葉 権成

文:秀間 翔哉

編集協力:緒方 きしん

写真提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム

監修:平林 健一

著作:Creem Pan


 



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