欧州での「ラチが無い」コースでの調教は、まさに馬乗りの理想像🐴👨🏻🦲🪷
- Loveuma.

- 10月15日
- 読了時間: 5分

かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。
「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。
馬乗りとして究極の理想像
お叱りを受けないよう、予防線を張りつつ語る欧州競馬界の最大の特徴は、調教においてコース上の「ラチが無い」ことだろう。各施設が所有している小規模なコースであれば、ラチもある。しかし広大な敷地をぜいたくに使った共同の調教施設には、全くラチがない。
コレがもう、たまらなく気持ちが良い。見渡す限り草地の上に、オールウェザーかウッドチップの敷料が一本の線を描くように敷いてある。それが調教コースだ。もちろん芝コースはそのまんま。漫画やアニメでしか見たことのない、緑の丘を馬で駆け巡る世界がそこにある。馬乗りとして究極の理想像。誰もがキャンディキャンディのアンソニー気分を堪能できるのだ。
ここを縦一列の隊列を組んで走らせていく。欧州ではほぼ直線の調教コースが多くある。そこを厩舎によるが、少なくても5頭、多ければ20頭以上が5馬身の等間隔にピシッと並んで走っていく。後ろから走っていると、前の馬しか見えない。綺麗な隊列を組めているがゆえだ。まるで全体で一つの生き物になったようなチーム感が常にあるのが特徴だ。
私が乗っていたカラでは、一番長いコースは公共の場所にあった。そもそも軍隊の演習場としてある場所にコースが敷いてあるらしい。だから2キロ近くある直線のコース脇に、それっぽい壕のようなものがあったり、羊を放している酪農家もいた。更にはゴルフの練習をしている人もいた。自由なのだ。
皆さすがに馬を知っているので、そばで球を打ったり素振りをするようなことは無かったが、まあまあの近距離だ。それにしてもゴルフの練習中に馬の調教を眺めるなんて、なんと贅沢な時間なのだろうか。馬のいる風景がごく普通である、欧州っぽさも強く感じる。
むしろ同じ四足動物の羊の方が厄介だった。遊んでいるのか怒っているのか、たまに併走を挑んでくる身の程知らずのチャレンジャーがいるのだ。もちろん一瞬で抜き去るのだけど、その時にやつらは悔し紛れにピョンピョン跳ねる。馬も分かっているから派手に驚くことは無いけれど、それでもガッツリとハミを取ってくるので結構辛い。とはいえ、乗り役全員を含め、ゴルフをしている人も、羊も、もちろん馬もこんな環境を楽しんでいる、そんな感覚が常にある。
縦列の調教だが、たまに抑えきれなくなって、ジワジワと後ろから抜いてくる馬もいる。そうなると横で並ばれている間は、自分の馬も余計に気合が乗るのでかなり大変だ。さっさと抜いて先へ行ってもらいたいのだけど、横で必死に抑えている乗り役の顔を見て楽しむのも一興。引っ掛かってる当人としたら、縦長の隊列だから、抜いても抜いても前に馬がいる地獄。「何人たりともわが前を行くことは許さん」モードに入った馬の気持ちが収まることは無い。見ている他のライダーとしたら、先頭まで行っちゃうのかなーと心配しながら、実はウキウキ楽しでいるのは全員共通だろう。
芝コースを調教中にちょっと怖いのは、前を走る馬が「物見」をして横にポンと弾けた時。それまで綺麗に縦一列で走っているから、すぐ前の馬しか見えていなかったのに、ずっと前の馬が右に弾けたのが見える。すると後ろの馬が、今度は左に弾ける。あ、あの辺りに何か驚くモノがあるんだなと思いながら、どんどん走り寄っていく。前では花火のようにポンポン左右に弾けている。これはさすがに怖い。自分の馬が飛ぶのは「右か左か、どっちなんだいっ!?」。中山きんに君と化して突っ込んでいく。そこにいるのは大抵ウサギだ。奴は現実逃避のカタマリとなり、断固としてそこにい続ける。そして皆がウサギに向かって「喰っちまうぞ」的な悪態をつきながら、時に落馬しそうになりながら弾けていくのは、やっぱり楽しいかもしれない。
さて。ラチが無いと、放馬したらどうするの?という問題がある。一般的な周回コースであれば、いつかは止まる。常に視界に入っているので精神的な余裕もある。しかし囲う物がない草地であれば、馬はどこへ行こうと自由だ。空を飛ぶ鳥の如く。酒を飲んだ私の如く。煩わしい人間の手を離れ、自由を得たり。いざ地平線の彼方へ!という漢気溢れた馬がいてもおかしくない。だが大抵の場合、すぐに捕まる。隊列の中の好きな馬にまとわりついているうちに捕まる。どこかへ行ってしまうことが、あまりない。
それでも一度、放馬した馬がどこかへ行ってしまったことがあった。けれど調教師には、さして慌てる様子が無い。「うーん、じゃあみんなで輪乗り(円の隊列を組むこと)しながら、ちょっと待ってようか」なんて言う。そして数分すると、遠くからいななく声が聞こえて、やがてすごい勢いでこちらへ走ってくる馬の姿が見えてきた。きっと不安だったのだろう。自分で走り去ったくせに「もうっ!みんなどこ行っちゃったのかと思ったよ!」的な態度はどうなのかと思ったが、馬は集団の動物なのであるということを得心したものだ。
どうであろうか?
欧州の調教の楽しさは伝わっているのだろうか?日常的に使うコースに関してはルーチン化され同じだが、それでも週に最低一度は違う環境へ赴くし、隊列も変えるので飽きることは全くない。乗る馬もあまり固定されることがなかったので、毎日騎乗馬の割り当て表を見るのも楽しかった。

(つづく)
文:国分 二朗
編集:椎葉 権成
著作:Creem Pan


























コメント