ヒポトピアの子供達が出場する馬術大会のお手伝いへ行ってきた🐴👨🏻🦲🪷
- 10 時間前
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かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。
「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。
関東交流馬術大会
「今度、子供たちを連れてみんなで馬術大会に出るんです」
普段お手伝いさせてもらっているヒポトピアでそう聞いて、お手伝いに行くことを即決した。
競馬の世界しか知らなかった私にとって、馬術は門外漢だ。
馬術をこよなく愛する二ノ宮元調教師の指導で、ある程度以上の理解と実践はこなしてきたつもりではある。
それでも競馬界にいる間は、【馬術】界隈に対して長いこと壁のようなものを感じていた。
基本的に競馬界では「馬乗り」は純粋な肉体労働者だ。
実際には華やかさなど微塵も無い。
涙ぐましいまでに泥臭い世界といえよう。
それゆえ乗馬界へ対する卑屈過ぎる貧乏根性が一定量あった。
乗馬界とは違う(と、勝手に思っていた)からだ。
勝手に華やかなバチェラー界隈を想像してしまう。
日サロ焼けし、歯が真っ白で、ポロシャツの襟立て、金のネックレスをし、ペッタンコの車に乗ってるみたいな。
以前の私が乗馬界に対して、バラを咥えて踊りやがってな的なアンダルシアもビックリの卑屈心を持っていたことは否めない。
だが実際は、従事している人の苦労感についていえば、ほぼ変わりはないのだ。
同じ馬を扱っているのだから、それは当然そうなのだ。
よく考えることもなく、卑屈という名の脊髄反射で判断していたに過ぎない。
たしかに馬術の世界にバチェラー界隈の住人はいるのかもしれない。
しかし、振り返り競馬界をみれば、成金バブっている競馬関係者も多数いるではないか。
結局のところ人それぞれなのだ。
ただ、そうと分かっていても、やはり大会となるとちょっと雰囲気が艶やかになるんじゃないの?と思ってしまう。
ハードル高そうだし、やっぱり自馬オーナーさんが多数駆け付け、昆虫みたいに車高の低い車が集まっちゃうんじゃないの。
卑屈の顔がむくむくと鎌首をもたげ火を噴き始める。
あいさつ代わりに「今日の日経平均は・・・」なんて話しちゃってるんじゃないの。
執事が斜め後ろで紅茶ポット持って優しく見守ってちゃったりしてるんじゃないの。
赤いじゅうたん歩く前方で花びら撒いてくれる人がいるんじゃないの。
病的に根を張った卑屈根性はいかんともしがたいのだ。
やがて会場へ到着した。
おお、なかなかの緊張感が漂っているではないか。
(あたりまえだけど)Gキブリみたいな外車も、執事も、花びらもない。
しかし「特別な日」感はハッキリと分かる。
朝の冷たい冷気が、準備で慌ただしい喧騒と交ざりあい、より緊張感の輪郭を際立たせていた。
ここは千葉県八街市コルザホースクラブ。
第2回関東交流馬術大会が開催される。
何が「交流」なのかといえば大会要項にこうある。
【障がいの有無にかかわらず馬術競技を体験する機会を提供することにより、パラスポーツの魅力を発信するとともに、障がいがある人の理解を促進し、パラスポーツの振興を図る。】
平たく言えば【みんな一緒に馬術やろうぜ】ということだ。
ヒポトピアから参加するのは、全員何かしらの特性を持った子供達。
そしてほかの乗馬クラブからは健常な子供達もやってきている。
みんな特にクラス分けはせずに一緒に大会を楽しみましょうということなのだろう。
ヒポトピアの出張馬房に到着すると、スタッフが忙しく準備を進めていた。
しかし私は何をしたらいいのかさっぱり分からない。
だから笑顔でボーっとしている状態。
照れ屋なので自発的に動くのは苦手なのだという、50も半ばを過ぎたジジイが発信するには痛々しすぎる自己擁護を勘弁していただきたい。
ただひたすらに皆を優しく見守る坊主の体を守り抜いた。
笑顔で誤魔化すのもしんどくなってきた頃、やっと呼び集められホッとする。子供たちと一緒に出場するジムカーナ競技のコースを下見するという。
全員が白いキュロットに黒ジャケットという正装をしていた。
実に可愛い。
今のご時世、子供の服装を褒めるのもなかなか難しい部分もある。
表現を少し間違えれば、キモいエロおやじロリハゲが爆誕してしまうが、双子の女の子の色違いお揃いリボンなど萌え萌え死キュンキュン丸である。
どの子も親の愛情がブチ溢れているのが伝わる。

(つづく)
文:国分 二朗
編集:椎葉 権成
著作:Creem Pan

























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