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優秀な仔馬を産み出す上で壁となる、繁殖牝馬の「13歳」|老舗生産牧場代表が語る"種牡馬の選び方"2/2(新冠橋本牧場 橋本英之)


種付けまでの流れ

種付けまでの流れについても、話を伺った。

先述したように、種付けのタイミングは一度逃すと3週間はやってこない。そのため牧場でも繁殖牝馬の状態は入念に確認をしているという。

 

「朝に繁殖牝馬のチェックをして、発情がありそうな馬は、獣医さんに直腸検査をしてもらいます。排卵の少し前が種付けのタイミングになるので、予め数日おきに卵巣の動きチェックしてもらい、予測を立てて種付けの日にちを決める形です」


写真:直腸検査の様子(提供:追分ファーム 伊比太佑獣医師)


基本的には、種付けの前日に直腸検査が行われ、ゴーサインが出ると予約の電話を入れることになる。そして無事予約が取れると、繁殖牝馬を(仔馬がいる場合は一緒に)馬運車で種馬場へと運び、種付けの準備が始まる。事前に予約をしてはいるものの、種馬場には沢山の種牡馬がいるため、当日の混み具合によっては準備をしてから少し待つこともあるようだ。

 

「最初に『枠場(わくば)』というゲートのようなところに入れて、繁殖牝馬の陰部とかお尻を綺麗に洗い、尻尾の付け根にテープのようなものを巻きます。知らない場所に来て"うるさく"なる馬もいますが、種付けに行くときは発情も良い状態なので、基本は大人しくしています。そして種牡馬の存在を察知すると、脚を広げて尻尾を上げたり、排尿をしたりします」


そして、いよいよ種付けの時を迎える。流れとしては、種牡馬の扱いに長けた種馬場のスタッフが、上手く補助しながら無事に種付けを終えると、また馬運車に馬を積んで牧場へと戻るというもの。しかしそれにどれくらいの時間がかかるかといえば、かなり詳しい競馬ファンにとっても、詳細にイメージすることは難しいかもしれない。

 

「種付けに必要な時間は、その時、その馬によって異なりますね。種牡馬の気持ちが入るまでに時間が掛かることもあれば、上手く繁殖牝馬に乗っかっても牝馬の方が動いてしまって仕切り直しになることもあります。特に新種牡馬は上手く行かなくて、一回乗るけどまた降りてやり直すなどで時間が掛かったりして、長い時だと30分くらい待つことはあります」



種付け料を支払うタイミング


種付けが無事終わり、次は支払い──となるが、種付け料の支払いタイミングというのは複雑になっている。前提にあるのが、競走馬が生き物であること。受胎などが確実ではない以上、条件が分岐してしまうのは摂理である。

 

「支払いのタイミングには何種類かあるんですが、まず『受胎条件』、『出生条件』があります。『受胎条件』は受胎を確認してから秋頃に支払うもので、『出生条件』は次の年に仔馬が無事に生まれたら支払うものになります。これとは別で、例えば日本軽種馬協会(JBBA)では事前に支払う制度になっていて、もし仮に受胎しなかったら返金される仕組みですね」

 

この中では、「受胎条件」が最もオーソドックスであり、新冠橋本牧場でも大半が秋頃の支払いとなっている。そして「出生条件」は、ダーレージャパンの全種牡馬に適用されており、産駒誕生後30日以内が支払期限となっているほか、他の種馬場でも馬によっては選択できる場合があるそうだ。また、3つの中でも「前払い」は特殊なようで、日本軽種馬協会が民間ではない、内閣府所管の公益社団法人であるからではないかとのことだった。

なお、取材後に日本軽種馬協会から2024年の種付け料が発表されたが、今年は受胎条件と出生条件のみのラインナップとなっていた。


各種馬場ごとの種付け料のタイミング

(※取材時点で各種馬場から公式発表されている情報をもとに作成)(Creem Pan)


この「受胎条件」と「出生条件」、どちらも選択可能な場合には、生産者の立場からすると、より確実な「出生条件」を選びたくなるが、その金額に差はあるのだろうか。

 

「もちろんその場合は、『出生条件』を選択した方が高くなります」

 

例えば、北海道沙流郡日高町にある「ブリーダーズ・スタリオン・ステーション」の2023年シーズンの種付料を見てみると、新種牡馬のグローリーヴェイズは受胎条件100万円に対し、出生条件は150万円と設定されている。種馬場からすると出生条件まで引き延ばすことには一定のリスクもあることから、保険料的な意味合いでも、この差は当然の価格設定と言えるだろう。



受胎確率を1%でも上げるために


この業界で長年にわたり生産現場に携わってきた橋本さん。

その豊富な経験からすると、繁殖牝馬は高齢になればなるほど、活躍馬を輩出する確率も少しずつ下がっていくように感じられるという。

 

「若いお母さんの方が、能力を伝える遺伝力が強いというか。体感では、2番仔3番仔と若い年齢のうちに生まれた仔の方が、15歳以上になってから生まれた仔よりも成績は良いと思います」

 

実際に、新冠橋本牧場でも繁殖牝馬の充実期を一つの"目安"としているようだ。

 

「やはり2番仔~5番仔くらいまでが一番走るかなと。逆に5頭くらい子供を取って、全く産駒の成績が出ないとなれば、どうしても評価が落ちてしまいます」

 

評価が落ちた繁殖牝馬については、他に「欲しい」という牧場があれば出してしまう事もあるようだ。そのラインが大体5番仔まで、年齢でいうと13~15歳くらいまでになるのだそうだ。

そして橋本さんが語った、この「13歳」という目安だが、実は受胎率の面でも裏付けが取れている。

 

まず、『BOKUJOBブログ』に掲載されている「JRA日高育成牧場です。」2022年3月17日には、2018年~2021年の日本における馬の受胎率についての記述があり、受胎率は約82%と記されている。他にも『JRA日高育成日誌』2012年5月24日には、13歳以上の高齢の繁殖牝馬についての記載があり、「受胎率は約37%にまで低下することがわかりました」といった記載もある。



2つのデータがサンプルとしている期間が異なることは考慮しなければならないが、ここまで大きく"かい離"していることは、データとして大変興味深いものがある。「13歳」という年齢が繁殖牝馬の充実期において、一つの区切りになっていることは間違いなさそうだ。

 

言わずもがな、生産牧場は生産した馬を売ることで経営が成り立っている。

つまり種付けを無事に終えたとしても、繁殖牝馬が受胎しなければ、その後の1年間は収益を生まない繁殖牝馬の飼養管理費を支払うことになる。支出ばかりでは経営が苦しくなるので、繁殖牝馬にはどうにか元気な仔馬を生んでもらう必要があり、そのためにまずは受胎をしてもらわなければならない。新冠橋本牧場では受胎確率を1%でも上げるために、様々な取り組みを行っている。

 

「まずは繁殖牝馬の状態を上げることです。痩せていたり、調子が悪そうだったりする時に種付けしても受胎率は落ちるので、種付けの前に良い状態にすることを心がけています。また、人間の都合で"タイミング"を逃さないことにも気を配っています。うちには馬運車が2台ありますが、種付けのタイミングが同じ日に複数頭で重なっても、極力すべての繁殖牝馬を種馬場へ連れて行くようにしています。車が足りない、人がその時にいない、といった人的な理由で中止にはしたくないですね」


写真:種付けに向かう際の馬運車の様子(本人提供)


種付けは1日3回、朝昼夕方とあるので、同日に複数の馬が被った場合には、朝と夕方で2往復するなどして調整をしているそうだ。また、過去に馬運車が足りないといった事態に直面した際には、馬運車を借りてきて輸送を行ったこともあるという。加えて、他の牧場で人手が足りない時には、代わりに種付けへ連れて行くなど、近隣での助け合いも大切にしているようだ。

 

「もちろん、種付け後にも色々な取り組みがあります。洗浄という子宮の中の汚れを取ってあげる処置でしたり、陰部縫合という汚れや空気が入りづらくする為に陰部を一部縫う処置あたりが有名ですね。受胎率を少しでもあげるために、獣医さんにお願いして、これらの処置をしてもらうこともあります」

 

ひとたび細菌が入り込めば、精子や卵子がダメになってしまうため、受胎率を上げるという点で、子宮を清潔に保つことはとても重要である。また、種付け後にホルモン剤の投与なども行う場合があるという。

 

「種付け後、すぐに排卵しないケースもあるのですが、精子は数日でダメになってしまうので、しっかりと排卵して受胎するために、排卵促進剤を投与してもらいます」

 

ホルモン剤の投与は、これ以外にも排卵周期が一定では無かったり、卵巣の状態が良くなかったりする際に、一度リセットさせるために使われる場合がある。また、種付けをしても受胎しなかった際に、約3週間の周期を少し短くさせるために使うこともあるそうだ。これは、繁殖牝馬としての充実期を1年間空胎(子供がいない状態)で過ごすことが無いように、主に種付けシーズンの終盤に用いられる場合がある。

 

このように現場では、受胎率を1%でも上げるために、様々な取り組みが行われていた。

 

その馬が持つ競走馬としてのポテンシャルには、生産牧場と種馬場における政治的、経済的な理由を考慮した"配合"が関わっていることが、今回の取材を通して分かった。

種付けの前段階から、競走馬たちの"競争"は、すでに始まっているのだ。


 

取材協力: 橋本 英之

(有)新冠橋本牧場


取材・文:片川 晴喜

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

社台ホースクリニック 鈴木 吏 獣医師

写真提供:追分ファーム 伊比 太佑 獣医師

監修:平林 健一

著作:Creem Pan


 


1 Comment


>「13歳」という年齢が繁殖牝馬の充実期において、一つの区切りになっていることは間違いなさそうだ。


生物学的通説と経験則からすれば、概ね真理なのだろうと思います。

ただ、この説を聞くたびにあの例外を思い出すんです。

不受胎や死産・流産を繰り返した繁殖牝馬が、20歳にして3年後の日本ダービー優勝馬を産んだこと。

この仔が更に同年のニエル賞を勝って凱旋門賞で4着と好走したこと。種牡馬になってからも活躍馬を、特に牝の産駒に輩出していること。

史上最高齢出産で生まれたダービー馬。ノースヒルズの執念の結晶:キズナです。20歳の母キャットクイルの8番仔でした。


もう一頭、やはり最高齢でG1馬(こっちは15番仔😮!)を出産したラセーヌワンダという牝馬もいますね。

現役で見たことはないけれど非常に心惹かれる馬、トロットサンダー号のお母さん。


こうした例外を可能にする要因は何でしょうか? 母系遺伝するミトコンドリアDNAに秘密があるのでしょうか? 空胎は効率が悪いとはいえ、子宮を積極的に1~2年休ませることのメリットはないのでしょうか?

10年かけて花を咲かせる辛抱強い植物のように、休止期を挟みながらゆっくりと蓄えた良質のエネルギーが、一生一度の名馬を産み出す爆発的な開花につながるという確かなエビデンスはないのでしょうか?


う~~~ん、知りたいっ✊😆💦❗️ 

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