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梅雨空に突如舞い込んだトライデントスピアの供養依頼🐴👨🏻‍🦲🪷



かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。

「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。


トライデントスピアの話


梅雨、ではあるが以前とはすっかりと趣が変わってしまった。

毎日のように降ってはいるが、全て短時間の豪雨。

紫陽花もうんざりしているのではないだろうか。

不安をあおるような叩きつける雨ばかりだ。

濡れそぼつ紫陽花が艶っぽく見える、しっとりとした雨はもう降らないのであろうか。





日曜日、午後の供養を終え稲光と豪雨の中を帰宅する。

自宅で少しのんびりしていると美浦トレセンの調教師、田中博康先生からショートメールが来た。

ドキッとしてしまう。僧侶になって以来、調教師からの連絡はどうしても慣れない。


内容はやはり、供養の依頼だった。

トライデントスピアという馬が予後不良になった、来週のどこかで供養してもらえないか、という簡潔な内容だった。


事務的なやり取りを繰り返し、供養の日時を決めた後で、「どんな馬だったんですか?」と質問を送る。

すると田中先生からの返事が、なかなか来なかった。

最初のメールが来た時間を確認すると夕方の6時前。

そんな事故が起こった日の慌ただしさしさを考えれば、時間ができてすぐ私に連絡をくれたのだろうと想像がつく。


返信を待つ間、情報を得るためネットで馬名を検索し、戦歴を見る。

競馬情報サイトの掲示板を見ると、すでに原因なども書いてあった。

繋靱帯断裂。しかも両前肢ということだった。

これは左前肢を最初に痛め、庇って右側も受傷したのだろう。

この掲示板というやつは結構厄介で、見たくなくなるような非難もどうしても目についてしまう。

事情通らしい人達の、感情をむき出しにした断罪の文言ですっかり気分も臥せってしまった。


30分以上が経ってから、今電車で移動中なんです、と返信が来た。

つづいて、明日の夕方に電話で伝えたいとあった。

なんとなく先生の気持ちも伝わってくる。

おそらく、メールで送ろうとはしたが、落ち着いて文章でまとめ切れない、溢れるものがあったのだろう。

自分の口でしっかり伝えたいという思いが、短かい文面に滲み出ていた。


トライデントスピア(田中博康きゅう舎提供)
トライデントスピア(田中博康きゅう舎提供)

翌日、電話がかかってきた。

なんとなくぎくしゃくした挨拶を交わした後、先生はトライデントスピアについて堰を切ったかのように語り始めた。

昨日の最後のメールを私に送ってから、一晩ずっと思いを貯め込んでいたのだろう。

私は時折、相槌を打つだけで思いを受け取ることに集中した。


馬格があって、ほれぼれする馬体だったという。

将来をすごい期待をしていたのだと興奮気味に言う。

気性はダイワメジャー産駒らしい、非常に我の強い性格。

人を見て態度を変えてくるような面もあった。

デビューしてしばらくは担当を固定しないという厩舎システムにおいて、田中厩舎全体がトライデントスピアに試されている、そんな気にさせられる雰囲気を纏っている馬だった。

3月の競馬の後、左前脚球節部に不安が出ていったん放牧。

ほどなく落ち着いたので放牧先で調教を再開してレースの3週前に入厩していた。

今回の競馬の後はずっと悩まされていた喉鳴りの手術と、さらに去勢もして本格化を目指す予定だった。


かなり長い電話となった。


結果として、元々不安のあった繋靱帯が今回の競走中止、そして予後不良の要因だ。

その点に関して田中先生からは「申し訳ない」、「悔いが残る」、そして「防げたのではないか」との言葉があった。

私との会話の中ではあるが、まるで自分自身に問いかけるように、何度もこの言葉を繰り返していたのがとても印象的だった。


トライデントスピア(田中博康きゅう舎提供)
トライデントスピア(田中博康きゅう舎提供)

(つづく)




文:国分 二朗

編集:椎葉 権成・近藤 将太

著作:Creem Pan

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