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傘一つで大パニックになることも…人馬の安全を守るためにも知っておくべきこと🐴👨🏻‍🦲🪷

更新日:8月15日


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かつて育成牧場の場長を務め、現在は曹洞宗妙安寺の僧侶。

「ウマのお坊さん」こと国分二朗が、徒然なるままに馬にまつわる日々を綴ります。


両親と傘にまつわる苦い思いで


ホウホウどうやらかなり小心者らしいぞ、と分かってもらえただろうか。

では、いよいよカサはどうなのか。

本題に入りそうで入らない冗長な文章は、もはや性癖なので勘弁してもらいたい。

まず馬の気性にも個体差がある。

何事にも動じない西郷隆盛のような馬もいれば、怖いものをわざわざ探して、キャーキャー言いたがる思春期女子のような馬もいる。


どちらにせよ、カサというあの大きさでユラユラしている得体の知れないものは、馬にとって警戒すべき対象となりやすい。

もし馬の前でカサをさしている人がいるとしよう。

動かずジッとしていれば、ギリギリ大丈夫。

ギョッとはするが、逃げない馬も多いだろう。

でもユラユラ揺れた瞬間に、警戒度は跳ね上がる。

さらにクルッと回せば9割の馬はビックリするだろうし、カサを開閉するなど言語道断。

脱兎のごとく逃げるだろう。



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中山競馬場。植え込みを使ってファンと一定の距離を取りやすくなっている。
中山競馬場。植え込みを使ってファンと一定の距離を取りやすくなっている。

問題はこの時、人馬とも怪我をするリスクが非常に高くなるということだ。

パドックでひどく驚けば、転倒や放馬をしかねないし、レース中であればミスステップをして、ケガや最悪の事態が起こる可能性も否定できない。

それに一度警戒モードに入った馬は、相当長い時間落ち着きを欠く状態が続く。

レースで実力を発揮できなくなるかもしれない。

付け足しておきたいのは、パドックでいつ無遠慮に動き出すか分からない傘の前を、何度も通過しなければならない厩務員さんの心労であろう。


じゃあいっそのこと「カサを競馬場全体で禁止すれば?」と言われると、明らかにそこまでの必要は無い。要はやはり塩梅なのだ。


ここまで読んで、「へぇー」と思っていただけた方には、パドックの最前や馬場のラチ際に行くつもりであれば、ぜひカッパを持参していただけるとありがたい。

日傘をさしたいのであれば、後方にたたずんで欲しい。

しかし競馬場には、常に馬を知らない人がいる。

こういった方にどう対処するのかは、なかなかに難しい。


ちょっと例え話をしよう。もう30年以上前の話だ。

私の勤める牧場に両親がやってきた。

馬の何たるかを全く知らない人達だ。

せっかくだから息子が夢中になっている馬を見てみたいという。

雨の中、カサをさして厩舎へ向かった。


到着し、軒下でカサを閉じるようお願いしてから、厩舎に入る。

厩舎は真ん中に通路があり、向かい合う形で馬房が連なっている造り。

昼休み中の静かな時間にやってきた来訪者に、馬たちは興味津々だった。

全頭がマセン棒の上から顔をぐっと出して、知らない顔である両親を眺めている。

「大丈夫だよ」私は一頭の伸ばした首に優しくハグした、その瞬間。

突然、わたしの後ろでバサバサッと音が響いた。


顔を出していた馬たちは一斉に驚き、パニック状態になった。

ハグしていた馬が頭を振ったので、私は通路に叩きつけられる。

騒然とした雰囲気の中、馬房の壁に脚を激突させる馬もいたし、怒って壁を何度も蹴り上げる馬もいた。

原因はなんと。後ろにいた父親がカサの水滴を飛ばす為、カサを勢いよく開閉したのだ。

当人たちは突然猛獣化した馬に、困惑し怯えている。


当然私は怒った。

なんて非常識なことをするのだ、と。

すると驚いたことに父親も怒ったのだ。

「そんな常識知るか」と。


愚息に頭ごなしに叱られたというのは父親のプライドをひどく傷つけたのだろう。

謝るどころかすっかりヘソを曲げてしまい、その後は終始不機嫌。

とっとと帰っていった。

それ以来、残念ながら私の両親は競馬に対する興味を一切持たなかった。

ここで一番言いたいのは、私は身近な人に競馬を知ってもらう機会を逸したということだ。


私の失敗を踏まえて、競馬場のマナーをどう知ってもらうのが良いのかを考えたい。

競馬場に来て楽しんだ人が、徐々に「馬そのもの」に興味を持って行く中で、自然な形で競馬場のマナーというローカルルールを知ってもらうのが最良だと思う。

誰だって叱られるのは嫌だろう。

競馬場で、知らない人からいきなり「馬が驚くから傘をさすな」と指摘されれば、面白くないに違いない。

そんなの知らねーよ、と思うのが自然だし、「私=知ってる人、お前=知らない人」というヒエラルキーの押し付けを、指摘の背後に感じ取るだろう。

そこにネバネバと絡みつく得体の知れない壁の存在を知り、二度と競馬場へ来てくれないかもしれない。


(つづく)


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文:国分 二朗

編集:椎葉 権成・近藤 将太

著作:Creem Pan

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