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深刻なケースを招くことも。絶対に知るべき牧場見学マナー。1/2



写真:競走馬のふるさと日高案内所(撮影:佐々木祥恵)

 2020年から続くコロナ禍で、多くの牧場が見学を休止していた。ここに来てその状況もだいぶ緩和され、見学できる牧場も増えてきた。


 既存の競馬ファン以外にも、ウマ娘人気でゲーム内でモデルとなった馬を見学したり、お墓参りをしたいという新しいファン層も加わり、今夏の牧場見学はこれまで以上に熱くなりそうな予感がする。


 だが新しいファン層はじめ、牧場見学のマナーがよくわからないという人もいるはずだ。突然訪ねて牧場の人の作業を中断させたり、勝手に放牧地に入り込んで馬と接触して怪我をしたり、走っている馬の姿が見たいと石を投げたり、物を振り回して馬に怪我をさせたなどのトラブルも起きかねない。


 そこで今回は、牧場見学の手順やマナー、知っておきたい豆知識など、ファンと牧場を繋ぐ「競走馬のふるさと日高案内所」所長の河村伸一さんに話を伺った。

写真:競走馬のふるさと日高案内所 所長 河村伸一さん(撮影:佐々木祥恵)

見学中止を招く、SNS投稿の落とし穴


 SNSの普及により、自分で撮影した写真や動画を誰もが気軽にインターネット上に公開できるようになった。それによる問題も発生している。撮影禁止の牧場の動画が、見学者によって無許可で撮影、YouTubeに公開されたという事象も起きた。


 「動画は削除されましたけど、このようなことが起こると今後の見学にも影響が出てくる可能性がありますので、見学される方は各牧場の見学条件を守っていただきたいですね」


 過去にも、見学者のマナー違反で見学を中止にした牧場がいくつかある。ようやく見学再開の牧場が出始めてきたところなので、見学に訪れた競馬ファンや観光客のマナー違反は過去から現在に至るまで大なり小なりあったわけだが、昨今のSNSの普及により、以前とは違う問題も浮上しているようだ。


 「高台から眼下に広がった風景の中に馬が点在している写真を撮影するのは良いのかなと思いますが、1頭1頭が判別できる大きさでの撮影は問題が出てきます。新冠町のサラブレッド銀座入口には駐車場駐車公園がありますが、そこに車を停めて歩道を歩いて馬を見るのは構いません。ただ牧場の敷地に入ったり、写真や動画の撮影はしないでくださいと案内所ではお伝えてしています」


写真:北海道 ひだかにあるサラブレッド銀座 (提供:写真AC

 では、なぜ写真を撮影してはいけないのだろうか。


 「馬は個人の所有物ですし、馬によっては牧場とは別に馬主がいて預託しているケースが多々あります、所有する馬の直近の写真を添付して毎月の請求書を送っている牧場もあるのですが、その写真と同じ馬がSNS上にアップされていることを馬主さんが偶然発見することも可能性として考えられます」


 毛色や顔に流星があったり、4本のうち1本の脚が白いなど馬にはそれぞれ特徴があるし、画像に厩舎が映り込んでいたり、見慣れた背景から自分の馬だと確信する馬主もいるだろう。


 「観光客が歩道から撮影してSNSに上げた写真が馬主さんの馬だった場合、牧場の管理責任が問われることもあるでしょう」


 そうなると馬主と牧場の関係に亀裂が生じかねないし、最悪預託していた馬を別の牧場に移動させるという事態に発展する可能性もある。法律上、違法ではないだろうが、案内所では馬産地のルールとして注意を促すという形を取っている。また見学を中止していても、せめて好きな馬のいる牧場付近まで行ってみたいと車を走らせるファンもいる。


 「国道など道路に面している牧場もありますし、近くを通るだけならいいですが、路上駐車をして馬を見るのは交通の妨げにもなりかねません」


 馬産地では公道から1本中に入ると、車が行き交えない狭い道路もあるので、路上駐車は極力避けた方が無難かもしれない。


 いずれにせよスマホで簡単に写真や動画撮影ができ、誰もがSNSに気軽に投稿できる時代になって、馬産地でのトラブルにも変化が見られると言えよう。


牧場は観光施設ではない

写真:競走馬のふるさと案内所で配布している注意喚起パンフレット(撮影:佐々木祥恵)

 生産牧場では1年のうちで見学できない期間を設けているところがほとんどだ。生産牧場というのは、母となる繁殖牝馬を飼養し、その牝馬と種牡馬と交配してサラブレッドを生産する牧場だ。出産は早い馬で1月に生まれ、ピークは3月、4月頃だ。また種付けシーズンも出産シーズンとほぼ重なっており、産気づくのもだいたい真夜中から朝方で、しかも出産のあとそのまま厩舎作業や種付けに馬運車を走らせることもある。


 牧場にとっては1年で一番忙しい時期のため、この期間を中心に見学休止にしている。

生産牧場の主な年間イベント (資料:公益社団法人 日本軽種馬協会全国せり市場より、Creem Pan作成)

 「案内所では問い合わせが来た段階で、だいたい2月から6月末くらいまでは、出産や種付けなどの繁殖シーズンだから見学できないですよということをまずお伝えします。多忙ということもありますが、伝染病など防疫の観点からも基本的に見学はできません」


 移動手段を持っている人間の手や靴が最も病原菌を運びやすいのは間違いなく、生産牧場では消毒槽を設置して、外部からの病原菌に対処してはいるが、防疫の面を考えると本来は関係者以外立ち入り禁止にするのが最善の方法とのことだ。


 特に生産牧場で恐れられているのは、馬鼻肺炎(EHV)だ。このウイルスに感染すると流産の原因となり、出産が間近に迫った時期に起きることが多いので、発症してしまった場合、牧場の経済的な損失が大きい。感染力も強いので、1頭鼻肺炎馬が出ると他の妊娠馬にも感染し、流産する馬が多発する可能性も出てくる。この時期、競走馬を引退して繁殖牝馬として牧場に来た馬は、分場に置くなどして、妊娠馬とは距離を取る措置を講じている。


 種牡馬を繫養しているスタリオンも、種付けシーズンやシーズンに向けての準備期間を見学休止にして、期間を設けて見学者の受け入れを行っているところが多い。養老牧場の場合は、繁殖シーズンがないため、コロナ禍以前は通年見学できる牧場もあったが、高齢馬がいる関係上、馬の健康状態によって急遽見学中止になるケースが生じることも理解してほしい。


 「生産牧場やスタリオン、養老牧場は、観光牧場ではありません。あくまで牧場さんのご好意で見学させていただいているということを忘れないでいただきたいですね」


名馬のお墓参りでも注意!


 「最近増えているのが、名馬のお墓参りに行って人参、りんごをお供えしてきましたという方がいらっしゃることです。お供えをそのままにして帰ってきてしまうと、人参やりんご目当てに野生動物が近づいてくる場合があります。鹿ならまだいいですけど、それこそヒグマが現れたら、後からお墓参りに来たファンやその牧場にいる馬、牧場の人にも危害を及ぼしかねないですよね。鹿、ヒグマ、キタキツネ、タヌキなど野生動物は結構いますので、お供えはやめてくださいという話をしています」


 エキノコックスという寄生虫に感染したキタキツネの糞便から排泄された虫卵が人に感染する恐れがあり、タヌキは疥癬(かいせん)を持っていることがある。人間側が食べ物を放置するなどして野生動物を招くような行為をすると、馬や人が危険にさらされることになる。お供え物の放置は厳禁と肝に命じておこう。


食べ物をあげてはいけないのはなぜ?


 浦河町の優駿ビレッジAERUでは、以前は繫養されている功労馬(ウイニングチケット、スズカフェニックス)に施設内で販売している「おやつニンジン」を与えることができたが、現在は功労馬にニンジンを与えることは不可となった。


 AERUは観光施設なので販売している人参を功労馬以外の乗用馬には食べさせることができるが、基本的には食べ物は与えないというのがマナーとなっている。


 「以前牧場見学ツアーの時にある牧場さんで人参を与えてもいいということになったのですが、全部スティック状にカットして食べさせました。でも知らない人はカットしないでそのままあげてしまうんです。特に高齢の馬は喉を詰まらせたり、消化不良を起こす可能性もあります」


 また人参やりんごは糖分が多く含まれている。たくさん食べて糖分を取り過ぎると蹄葉炎(※1)の原因にもなる。


 「種牡馬や繁殖牝馬の場合では、栄養管理をしっかりしている牧場もありまして、ファンから人参、りんごを贈りたいと問い合わせがあっても、そういう牧場は食べ物を受け取らないですね」


 牧場では、保険・衛生・健康・発育など、競走馬になるべく全てが管理されていると言っても過言ではない。見学中に馬が近寄ってきても、触ったり食べ物をあげてはいけないのが基本ルールだ。


 競走から引退した馬のいる養老牧場でも、高齢馬の健康管理のため、食べ物の制限をしているケースがあるということも、あわせて覚えておいてほしい。


 「見学だけではなく馬たちにプレゼントを贈りたいという方も、ふるさと案内所に問い合わせていただければと思います」


 憧れの馬や可愛い馬を目の前にしたとき、接してみたいという気持ちは自然な感情だ。


 だが、「少しくらいなら良いだろう」という軽い気持ちで行った行動が、時には重大なトラブルになってしまうこともある。


 マナーを守ることが、馬や馬と携わる人を守ることにつながるという考えを持つことが重要だ。


※1 蹄葉炎(ていようえん)…馬の蹄の内部にある葉状層の病気。対側の肢蹄に体重をかけらないほどの故障が発生し、それを庇った肢蹄が踏みかえることなく体重をかけ続けた場合や、消化管障害や感染症により微生物の毒素あるいは馬自身がつくる生理活性物質が血液中に異常に多くなった場合や、人のII型糖尿病のようにインスリンに反応しにくい体質により血中のインスリン濃度が高くなった場合などがそれぞれ最終的に葉状層の血流に異常を来して本症が起こると考えられている。

《JRA 競馬用語辞典より》

 

 次回は、牧場に訪れたことの無い競馬ファンの疑問や、その他守るべき注意点について言及していく。



 

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