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「デビューを迎えられなかった馬たち」レイクヴィラファーム・岩崎義久 1/3


 

私たちCreem Panは2019年に、ドキュメンタリー映画「今日もどこかで馬は生まれる」を制作しました。馬に携わる様々な立場の人の取り組みや気持ちを紹介し、中立的視点から引退馬の “今” を伝える事に重きを置いた同作は、劇場公開やオンデマンド配信を通じて大きな反響をいただき、1000件を超える感想が寄せられました。


しかし、そうした多くの “声” に触れていると、映画では伝え切れなかった事実がまだたくさんあることに気づかされました。


映画完成から2年の月日が経った今、「競走生活引退後の余生を考えることだけが、引退馬支援ではないのかもしれない」そんなことを思うようになりました。


何故なら競走馬は現役時に限らず、生まれてから死ぬまで常に競争の中で生きているからです。


引退後に余生を満足に送ることができない馬がいる一方で、引退すら迎える事ができない馬、つまり競走馬になれなかった馬や、競走生活を全うできなかった馬も多く存在します。この事実にも目を向け、その上で「競走引退後」を捉えると、また違った視点から引退馬支援を見つめ直すことができるのではないか…。そのような考えのもと立案したのが、今回の企画です。


この企画では、競走馬の一生を左右する重要な場面を知る様々な人に話を伺い、前述したように広い定義での「引退馬支援」についての情報を、毎月1話ずつ6回に分けて連載していきます。


 


今回はレイクヴィラファーム・岩崎義久さん


第1回は、競走馬として生を受けるも競走馬として生きることができなかった馬の存在にスポットを当てる。これまであまり語られることのなかった「デビューを迎えられなかった馬たち」をテーマに、北海道・洞爺湖町にある生産牧場「レイクヴィラファーム」のマネージャー・岩崎義久さんにお話をうかがった。


写真:レイクヴィラファーム・岩崎義久さん(提供:レイクヴィラファーム)


岩崎さんが生まれ育った北海道虻田郡洞爺湖町にあるメジロ牧場に就職したのは、2006年だった。メジロ牧場には父・岩崎伸道さん(現レイクヴィラファーム代表)が勤務していたが、岩崎さん自身は馬にはさほど興味がなく、父と同じ仕事をするつもりはなかったという。それがなぜ、牧場に就職することになったのだろうか。


「メジロ牧場の経営が徐々に危うくなってきまして、自分の生まれ育った牧場がなくなるのが嫌だったというのがありました。それで故郷に戻ってきて父と一緒に仕事を始めました」

2011年5月20日にメジロ牧場は、約44年の歴史に幕を閉じ、当時メジロ牧場の専務取締役だった岩崎さんの父が牧場を引き継ぐ形で、同年5月21日にレイクヴィラファームを設立した。現在、岩崎さんは特別な役職はないものの、牧場内では「マネージャー」と呼ばれている。


写真:レイクヴィラファームの皆さん(提供:レイクヴィラファーム)


始まりが最大の試練


写真:レイクヴィラファームでのお産風景(撮影:片川 晴喜)


デビューを迎えられない、競走馬登録できない理由の1つに出産時における事故やトラブルがある。


「競馬ファンの皆さんにとっては、レース中の事故で予後不良という痛ましい映像を目にすることが多いと思うのですが、それの何十倍もの事故がお産では起きています。仔馬、親馬に限らず、馬が命を落とすことが多いのが出産ですし、馬にとって1番リスクが高いと思います。それまでの経験によって乗り越えられる事故もあるのですが、不可抗力といいますか人間の力ではどうしようもなかったという事故もありますね。いずれにせよ獣医さんとタッグを組んで乗り越えていくのが、繁殖のステージということになります」


お産によるトラブルには、生きて分娩されたのち、先天的疾患により間もなく死亡する生後直死というものがあるが、他にはどのような症例があるのだろうか。


「最初前脚が2本出てきて、その次が顔、そして最後に後ろ脚が出てくるというのが馬の正常な出産なのですが、逆子だったり、前脚が2本出てこようとしているところに、後ろ脚まで産道に一緒に来ているとか…。そのような状態になってくると、仔馬を助けられる可能性が一気に低くなります。大手の牧場で毎年100頭、200頭のお産をみている人たちや、長い経験のある人たち、そして熟練の獣医さんがいれば助けられるケースもありますが、通常そのような状況では、力づくだろうが何をしようが仔馬が出てこないということが多いようですし、このような事故は常に付き物だと思います」


このように出産によるトラブルや事故により命を落とし、競走馬登録まで至らなかった馬たちが、毎年存在するのだ。


今回のテーマからは少し逸れるが、お産によるトラブルには母馬が亡くなってしまう事故もある。


「母馬が高齢の場合には、子宮動脈の破裂というのがあります。これは絶対に助けられない事故です。名牝が出産の事故で亡くなるというニュースがよくありますが、たいてい子宮動脈破裂ではないかと思います。競走馬として成績を残した馬であれば、高齢まで繁殖活動を行う傾向にありますので、そういったリスクはついて回ると思います。あとは腸捻転ですね。仔馬は生後で50㎏か、大きいのになると70㎏の馬体重で生まれてきますので、出産直後は出産前の馬体重より100㎏ほどお母さんの体重が落ちます。つまり約100㎏のものがお腹の中に入っている状態になります。それが出産によって一気になくなると、お母さんのお腹の中にとても膨大なスペースが開きます。馬の腸はとても長いですから、腸が変な形に捻じれる腸捻転で命を落とすお母さんも、毎年相当数いるようです」


ちなみに今年の出産シーズンは、残念ながら母馬が1頭天に召されたが、仔馬の死亡はゼロだった。だが昨年は、壮絶な事故が多かったと岩崎は振り返る。


「あの人がいればもしかすると助かったかもしれないという事故ではなく、恐らく世界中の誰もが助けられないほどの難産があったりと、痛ましい事故が続いてしまいました」

難産などのトラブルが起きた場合、生産の現場では母馬と仔馬のどちらの命を優先するのか、あるいはどちらも救おうとするのかも尋ねみた。


「お産というのは、破水してからおよそ1時間を目処に外に出してあげないと胎児は助からないんですよね。2時間ほどたっても生きていることもまれにはあるのですけど、人間側がこうやったら出てくるか、ああやったら出てくるかと試行錯誤しているうちにかなりの時間が経っているものです。ですから仮に仔馬を出すことができたとしてもほぼ助からないだろうというくらいの時間が経過しているので、お母さんを助ける選択をすることが多いですね。ごく稀に、なかなか仔馬が出てこなくて、お母さんが高齢の場合にお腹の子だけでも助けてあげようという選択をすることがあるのですけど、だいたいは亡くなってしまうことの方が多いです」


残念ながら命を落とした馬たちは、その後どのような措置が取られるか、一連の流れを教えてもらった。


「不可抗力であったとしても、なぜこのような事故が起こってしまったのか、原因がわからないと我々スタッフもなかなか納得できないところもありますので、大学に依頼して母馬も仔馬も全頭解剖をしてもらい、原因を究明します。大学には動物の焼却施設がありますので、解剖が終わったらそこで焼却されます。焼却されたお骨を馬頭観音に入れたのは、僕の記憶ではメジロライアンなどそういった名馬ですね。基本的にお骨は戻ってはこないですが、毎年馬頭観音に手を合わせてお参りをしています」



このコンテンツは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」公式サイト内「引退馬支援情報」ページにて2021年6月から12月にかけて制作・連載された記事の転載になります。


 

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