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土地がない、お金がない、人材がない!|名伯楽・角居勝彦の挑戦 1/4

歴史的名牝ウオッカをはじめ、種牡馬としても活躍中のエピファネイアやルーラーシップ、国外でも活躍したヴィクトワールピサやデルタブルースなど、数々の名馬を管理してきた角居勝彦元調教師。2021年に調教師を早期引退すると、家業を継ぐとともに地元・石川県で引退馬支援の活動を開始した。調教師として多くの馬と触れ合い、多くの夢を掴み取った名伯楽の目には、今、どのような第二の夢が映っているのだろうか──。

今回は石川県の能登半島で過ごす角居さんに、自身の掲げる引退馬支援への想い・ビジョンを伺ってきた。


 



写真:石川県移住後の角居勝彦さん(一般財団法人ホースコミュニティ 提供)


延ばせば延ばすほど終われなくなる


​競馬とは無縁の家庭に生まれながら競馬界の門を叩き、中尾謙太郎厩舎と松田国英厩舎で調教助手として勤務したのち、2001年に調教師開業を果たした角居勝彦元調教師。2021年2月に56歳で勇退するまでの20年間の調教師生活で、ウオッカやシーザリオをはじめ、カネヒキリ、デルタブルース、ルーラーシップなど国内外の大レースを制した数々の名馬を手掛け、JRA賞最多賞金獲得調教師の栄誉に5回、同最多勝利調教師にも3回輝いた名伯楽である。


そんな角居さんが、JRAが規定する“70歳”という調教師の定年まで10年以上もの時間を残して引退という道を選んだのは、栗東から遠く離れた石川県輪島市にある天理教の教会を継ぐためだった。以前よりそのタイミングを迷っていたという角居さんだが、父の死が大きなきっかけとなったという。


「親父も亡くなって、お袋の年齢のこともありましたし、布教所の信者さんたちが高齢だったこともあって時間的余裕はありませんでした。祖母が開いた教会でして…」


それでも毎年のように将来を有望視されている若駒が入厩してきた角居厩舎においては、思い立ってすぐに厩舎を解散できるというわけではなかった。すでに預託が決まっていた当歳馬が3歳クラシックを戦い終える2020年いっぱいまではその責任を果たすべく、2018年春に3年後の厩舎解散を発表するに至った。


「延ばせば延ばすほど終われなくなる。中途半端な終わり方はしてはいけないと思っていました」


乗馬界に責任転嫁しているだけではないか


石川県能登半島・タイニーズファームの地図(株式会社Creem Pan 作成)

調教師引退後、石川県に戻った角居さん。教会を継ぐとともに、奥能登の珠洲市にあるタイニーズファームという牧場を拠点に、引退競走馬たちの新しいセカンドキャリア・サードキャリアの創出に取り組み始めた。調教師時代から抱いていた「引退馬を助けたい」という思いのもと、これまでも一般財団法人ホースコミュニティを主体として、ふるさと納税やファンクラブ制度を用いた乗用馬への転用にも積極的に取り組んできた。今回、それらに加えてJRAがリトレーニングのための資金を捻出したことで、「競走馬から乗用馬への転用」は以前と比較すると上手く進んでいるのだという。しかし乗用馬自体の受け入れのキャパシティには大きな変化がない。そのため、屠畜されるのが“競走馬”から“乗用馬”になっているだけなのではないかと気がついた。

「馬房の数が変わらなければ、結局は乗用馬が屠畜されるだけで本末転倒です。乗馬界に責任転嫁しているだけではないかとの思いが強くなりました」

自らの考えていた方向性との違いを感じた角居さんは、乗馬の世界から出てきた馬たちを救う取り組みを始めなければいけないと思い立つ。「土地がない、お金がない、人材がない」という厳しい環境の中で、乗馬クラブですら活躍の場を失ってしまった馬たちに年間に一体どのくらいのコストがかかって、どのくらいの期間で何の役割を担える馬に変えられるのか、その余生にどうやって生きる道を作ることができるか──という取り組みがスタートした。「ほぼ実験みたいなもの」と角居さんは語る。


みんなの馬株式会社 設立


​始まりは約2年前、タイニーズファームにドリームシグナルという馬を預け入れたことがきっかけだった。タイニーズファームでは元より、ヤギやニワトリを飼育してその糞などを堆肥として活用する循環型農業を取り入れていたという。


写真:タイニーズファームで暮らす、ドリームシグナル(株式会社Creem Pan)


写真:タイニーズファームの厩舎にあるネームボード(株式会社Creem Pan)

​「その中に馬も一頭入れてもらえないですかと飛び込みのお願いで入ったのが、ここに来るきっかけでした。『まぁ一頭くらいなら…』と言ってくれている間に少し強引に連れてきたという感じです。(笑)」

当然、厩舎や放牧地も何もない状態からのスタートであったため、当初はトラクターが置いてあった倉庫の中に簡易的な柵を作って、そこでドリームシグナルを飼育した。後に狭すぎた放牧地を広げていく中で、活動自体が地元の方や行政の目に触れる機会も増えていった。それに伴ってより良い飼育環境へと改善するために、クラウドファンディングを利用して馬を3〜4頭飼育できるような厩舎を建てるに至った。馬を複数頭受け入れられるようになったことで「観光事業と福祉事業へ繋がりを作ってほしい」と、石川県や珠洲市からの助成金の話も舞い込むようになったが、これは極端に高齢化が進んだこの地域に観光客を呼び込むことはもちろん、新しい生業を作り出すことで地元で仕事ができる環境や移住者の確保を期待されてのことだった。人を呼び込むという点で、馬の力は大きなファクターになり得る。

「『なんでここに馬が?』というだけで人を呼び込むことができる。実際にここにこの馬たちがいるだけで、地元の新聞やテレビ局がひっきりなしに取材に来てくれますし、それがきっかけで地元だけでなく金沢からもわざわざ馬を見にきてくださる人がいる」

まずはその観光資源をきっかけにして、「どうしてここに馬がいるのか」というような形で引退競走馬へのアプローチを構築できるはずだ。しかし、事業として観光客や修学旅行生などを急激に増やして迎えいれるとなると、どうしても角居さん一人の力では賄い切ることが難しく、従業員を雇用する必要性が生まれてきた。一方で、そのお金をどうするかという障壁もあったが、地元の銀行が融資に手を上げてくれたことで「みんなの馬株式会社」の設立に繋がっていく。現在、そのメンバーは角居さんを含めて4人だ。



​「(私のビジョンに)完全に賛同したかはわからないし、『とりあえずやることないから行きますわ』みたいな感じかもしれないですけど(笑)」

生活する輪島市から毎日1時間ほどかけて牧場にやって来る角居さんに代わって、他の3人が朝6時から馬の手入れや厩舎の掃除を行う。その後は、海岸に馬を連れて行って軽い運動をした頃に、角居さんが合流する形だ。

もともとは栗東で競走馬の仕事に従事していた皆さんが、奥能登の地で新しい共通目標に向かって力を合わせる。いかに早く、誰が触っても安全性の高い馬にしてあげられるかということが最大のテーマとなるが、サラブレッドを扱うという点で、どういうことをしたらどういう反応をするということを感覚的にわかっているというところが大きな強みだという。タイニーズファームに来た頃は、噛み付く・蹴るなどの攻撃性も少し残っていたという3頭の繋養馬も今ではスイッチが切り替わったかのように穏やかだという。



写真:タイニーズファームの繋養馬たち(みんなの馬株式会社 提供)


「アブが付けば嫌がって尻っ跳ねはしますけど、人に向かって……ということはなくなりました。ここから馬と人との接点を作ってあげられたら、馬というのはちゃんと注意を守ると、これくらい人とコミュニケーションが取れる動物なのだという入り口まで持っていけます」


(つづく)


 

取材協力:

角居 勝彦(みんなの馬株式会社 COO)

一般財団法人ホースコミュニティ

タイニーズファーム


文:秀間 翔哉

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

取材・監修:平林 健一

著作:Creem Pan


 


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HisMajesty Graustark
HisMajesty Graustark
12 oct 2022