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若さの秘訣は!? 28歳・メジロドーベルのシゴト|メジロ終焉とレイクヴィラ誕生の秘話 2/2



「おまえが牧場を閉めろ」


優勝旗の数々(株式会社Creem Pan)


​メジロライアンやメジロドーベルなど数々の名馬を送り出してきたメジロ牧場にも陰りが見え始めた。


「日本の内国産に拘り過ぎていましたので、血の入れ替えの失敗だったと思います」


輸入繁殖牝馬を導入はしたものの、その当時は今でいう一流馬は海外でもなかなか手放さなかった時代で、本当の意味での血の入れ替えにはなってなかったと岩崎氏は振り返る。

年度別成績 | (有)メジロ牧場|JBISサーチ(JBIS-Search)よりCreem Panが作成


次第に獲得賞金が減り、重賞戦線を賑わせる馬も少なくなっていった。そんなある日、豊吉氏亡き後、牧場を長らく支えてきたお婆ちゃんことミヤ氏から、岩崎氏は重大な話を打ち明けられた。


「お婆ちゃんが亡くなる3、4年前だったと思うのですが、賞金で牧場を回していく時代はそんなに続かないよ。必ず行き詰る。だけど牧場は借金してまでするものじゃない。絶対に借金をするな。出入り業者の支払いを踏み倒したり、従業員の退職金を支払えなくなって牧場を潰すことだけはしないように。支払いが全部できて借金をしないで牧場を閉められるのがいつかを自分で判断して、お前が牧場を閉めろと言われました」


北野ミヤ氏の写真(株式会社レイクヴィラファーム提供)


それから4年後に北野ミヤ氏は亡くなり、岩崎が言われた言葉は遺言となった。


全部の支払い、預託料、出入り業者、従業員の退職金にどのくらい必要かを見積もり、預金額がその金額を切った時に岩崎氏は牧場閉鎖に向けて動き出した。


「そりゃ続けたかったですよ、人間としては。でもお婆ちゃんの言うように数字の動きを見ていたら、借りても絶対に返せないなと。段々馬の成績は悪くなるし、ここさえ乗り越えれば次はこういう馬がいるという目安もありませんでしたから、どこかで辞めなければいけないと腹を決めたのが、東日本大震災の時でした」


東日本大震災が起きた後、関東圏での競馬開催がしばらく中止になり、賞金が入らなくなった。これを機に牧場を解散することを岩崎氏は社長に提案し、了承を得た。こうしてメジロ牧場解散が、発表されたのだった。


馬たちのお墓(株式会社レイクヴィラファーム提供)


馬たちのお墓(株式会社レイクヴィラファーム提供)


馬たちのお墓(株式会社Creem Pan)


牧場を閉鎖するにあたり、真っ先に岩崎の頭をよぎったことがあった。それはメジロティターンやメジロマックイーン、メジロラモーヌらメジロ牧場の功労馬たちの墓をどうするのかということだった。


「馬は売れますけどお墓はそうはいかないですから、自分でどうにかしなければならないと気がかりでした」


一方で大学の馬術部繋がりの友人・ノーザンファーム社長の吉田勝己氏と連絡を取った。


「牧場を畳むので、所有していたサンデーサイレンス、ディープインパクト、キングカメハメハらのシンジケートの株を買ってほしいと相談をしました」


勝己氏から、意外な言葉が出た。


「立ち上げまでいろいろと面倒をみるから、お前が牧場を引き継いだらどうかと。その話を息子の義久に伝えたら、そう言っていただけるなら是非やろうという結論になりました」


牧場を閉めることで頭が一杯で、自分が引き継ぐという考えは全く頭に浮かばなかったが、考えてみればこれならお墓も馬たちも守れる。馬がバラバラになってしまったら、それまでメジロを応援してくれたファンにも申し訳ない。だが吉田勝己氏のバックアップのもと牧場を継続できれば、それが1番理想的な形だと岩崎氏は思った。


「馬たちは家族のような存在ですし、その馬たちのおかげで自分たちは良い思いをしたわけですから、足を向けて寝られませんし、感謝しかないです。それが牧場を畳んでしまっては恩返しができないですから」


心配の種だったお墓を守ることができ、牧場にいた馬もそのまま同じように生活ができた。繁殖牝馬として過ごしていたメジロドーベルも、同じ環境で過ごすことができる。


「馬たちをバラバラにしなくて済みましたし、ああ助かって良かったと心から思いました」


それまでの努力や熱意の証でもあったのだろう。レイクヴィラ開業初年度のセリでは馬が順調に売れ、上々の滑り出しを見せた。


メジロ牧場からレイクヴィラファームヘ。

ノーザンファームの後押しもあって、転換はうまくいった。


レイクヴィラファーム(株式会社レイクヴィラファーム提供)


当時の岩崎氏(株式会社レイクヴィラファーム提供)


レイクヴィラファームのスタッフたち(株式会社レイクヴィラファーム提供)



若さの秘訣は!? 28歳・メジロドーベルのシゴト


リードホースとして活躍するメジロドーベル(株式会社レイクヴィラファーム提供)


リーダーとして子馬たちを連れるメジロドーベル(株式会社レイクヴィラファーム提供)


レイクヴィラファームを立ち上げた当初、ドーベルはまだ繁殖として繫養されていた。だが繁殖を引退した現在は、リードホース(※1)という新たな役目を持って放牧地で過ごしている。


仕事内容を説明すると、まず受胎した牝馬の14、5頭の群れの中にドーベルを入れる。出産シーズンが始まると、先に出産した親子ペアと出産前の馬の放牧地を別々にする。放牧地に親子ペアが5、6組になったところでドーベルを放す。その放牧地には親子ペアの馬が出産が終わるごとに増えていき、最終的には14、5組になる。やがて離乳して親子はバラバラになるが、母と離れた当歳の群れにドーベルが残る。いつも一緒だったドーベルがいることで、母馬と離れた当歳馬たちも安心できる。こうしてしばらくの間、ドーベルはリードホースとして当歳馬たちの支柱となって放牧地で過ごすのだ。


(※1)リードホースとは、離乳した当歳から1歳の子馬の群れを見るリーダー的な役割を担う。 ある程度頭数がいる牧場で導入しているといい、繁殖を終えた牝馬がなることが多い。


リードホースとして活躍するメジロドーベル(株式会社レイクヴィラファーム提供)


リードホースとして活躍するメジロドーベル(株式会社レイクヴィラファーム提供)


「自分より気の強い馬には近づかないですし、弱い馬をいじめることもしない。人間に対してはわがままで、性格もきつく、耳をしょって怒ったりもいますが、馬に対してはそういうことはしません。今年も母馬(メジロオードリー)が死んでしまって、残された子馬をまるで自分の子供のように面倒をみていました。とても賢い馬です」


離乳前でまだ母馬も近くにいるのに、ドーベルを慕ってピッタリ寄り添っている仔馬もいるという。


「ドーベルは自分の役目をわかっていますし、リードホースの仕事をすることで毎日張り合いがあって若々しく元気なのだと思います」


そして「元気なのが1番嬉しいですね」と付け加えた。


元々、ドーベルにはファンがたくさんついていた。


「ライアンからファンになった、あるいはドーベルからファンになったという方もいますし、とても数が多いと思います」

ウマ娘にも登場するメジロドーベル(株式会社Cygames提供)


それに加えて昨今の「ウマ娘 プリティーダービー」のブームで、競馬や現役時代を知らない世代のファンが増加した。実際にウマ娘ファンからは、ドーベルに健康のお守りや、繁殖入りしている娘たちに安産のお守りが届いている。


「皆が競馬に興味を持ってくれると競馬人気の底辺が広がりますし、とても喜ばしいことだと思います。いろいろな面で協力したいと思いますし、ウマ娘からファンが増えるのは大歓迎です」


ドーベルの話をする時の岩崎氏は、自慢の愛娘の話をするかのように嬉しそうだ。ウマ娘というこれまでとは違った方向からドーベルを知ってもらえたのも、とても喜ばしいことだったようだ。


命の価値に優劣は付けられないということは前提として、時として人間にとって馬は特別な存在になり得る。そこには、どのような時代に出会い、どのような時を共に過ごしてきたかという、馬と人の物語があるからこそ、心に深く残ることができるのだろう。


そして、競馬や馬の魅力、面白さをたくさんの人に知ってもらう。そのうちの一部でも引退馬問題に辿り着いてくれたら、引退馬についても発展する一歩になるだろう。


 

取材協力:

岩崎伸道

株式会社レイクヴィラファーム


取材・文:佐々木 祥恵

制作:片川 晴喜

デザイン:椎葉 権成

取材・構成・編集:平本 淳也

監修:平林 健一

著作:Creem Pan

 


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