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徹底考察!誰も教えてくれない、引退馬支援の今 1/2



 

一人でも多くの人にLoveuma.をご利用いただくにあたって、まずは引退馬支援の現状について、お伝えする必要があると考えた。

2017年から始まった、映画「今日もどこかで馬は生まれる」制作プロジェクト。以来、引退馬に特化したメディア制作を行なってきたCreem Panなりの見解をまとめさせていただいた。 前編・後編の全2回でお届けする。


 



引退馬には、サードキャリア以降の統計が存在しない。


どれだけ名を馳せた馬であっても、最後には“行方不明”になってしまうのは、競馬業界では決して珍しいことではない。

ターフを駆ける名馬が脚光を浴びる中、その裏では多くの競走馬が、人々の記憶とデータから消えていく。

これまで業界内では、引退後の行方を追うことは、タブーとされてきた。


しかし今、競馬という巨大産業が抱える“引退馬問題”は、大きな転機を迎えている。


引退馬のその後を「どうにかしたい」と思い声を挙げる人たちと、その声に後押しされた競馬サークルの人間が、長い間放置されてきたこの問題に、真正面から向き合いつつあるからだ。


そもそも、なぜ引退馬は“行方不明”になるのか?

どうすれば、この問題は解決したと言えるのか?


引退馬問題を取り巻く人々と、環境を見つめ、「引退馬問題の解決」について考察していく。



“引退馬”とは


引退馬とは、ひとことで言えば、「現役生活を終えた競走馬」の事だ。

有終の美を飾り、ターフを華麗に去っていく馬がいる一方、志半ばで、現役生活に終止符を打たれる馬もいる。

では、馬たちはどのような理由で引退していくのか。

これには、大きく分けて、3つの理由が存在する。

1つ目は、怪我や病気が原因で、現役生活を続けられなくなった場合。

2つ目は、成績不振となり、馬主の判断で引退させられる場合。

3つ目は、3歳未勝利というレースが終わる3歳の8月末までに、1勝も挙げられなかった場合(JRA)だ。なおJRAに所属する競走馬で、1勝も挙げられなかった馬の場合でも、その後の選択肢は、いくつか存在する。格上クラスである1勝クラスへの挑戦、地方競馬への移籍、そして競走馬としてのキャリアを終わらせる…つまり、引退という選択だ。

ただ、格上挑戦で勝ち上がれる馬は、ごく僅かであることから、2つ目と3つ目のどちらかが選択される場合が多い。

農林水産省、令和4年6月発行「馬産地をめぐる情勢」によると、平成30年には7,244頭のサラブレッドが生産された。

そして、その世代の馬が3歳となった令和3年には、中央競馬と地方競馬を合わせて、10,249頭の競走馬が登録を抹消されている。

この競走馬登録抹消数だが、そのすべてが引退馬になる訳ではなく、先にもあげたように、移籍をして、新たな地での戦いを続ける馬も含まれている。

ただ、中央競馬の競走馬登録数が、平成30年は4,922頭なのに対し、令和3年の中央競馬の登録抹消数は5,360頭であることから、中央競馬での生き残りをかけた戦いが、いかに厳しいものなのかを表していると言えるだろう。



引退後、馬はどうなるの?


冒頭でも登場した「セカンドキャリア」。

元は、“第二の人生における職業”を表す和製英語だ。

アスリートの引退後について取り上げる際に、使われることも多く、馬事業界でも、引退馬の進路を、「セカンドキャリア」と呼ぶことが多い。

農林水産省では、登録抹消事由(競走馬が引退の手続きをした理由)を、ここ数年細かく発表するようになっており、競走馬のセカンドキャリアがどのようなものかを見ることができる。



再登録とは、中央競馬(JRA)に在籍していた馬であれば、地方競馬(NAR)への移籍。地方競馬の馬であれば、中央競馬への移籍となる。

繁殖とは、牡馬なら種牡馬(父馬)、牝馬なら繁殖牝馬(母馬)になるということ。

へい死とは、競走中、調教中、放牧中、治療中などに死亡した馬のこと。

研究は、馬に使用するワクチンの研究・開発の為などに用いられることが多い。

また、登録抹消頭数全体の約25%を占める乗馬だが、引退馬問題を考えていくうえでは、ここがかなり重要なポイントとなる。

この統計情報からすると、年間2,000~3,000頭が、乗馬としてのセカンドキャリアを新たに送っていることになるが、果たしてそれだけの頭数が本当に乗馬として活躍しているだろうか、という素朴な疑問が浮かび上がる。

それでは実際に、乗馬がセカンドキャリアとして、どの程度機能することができるのか、考察していこう。

日本馬事協会、令和3年4月発行「馬関係資料」には、最新の数字として、平成22年の乗馬人口と乗用馬の頭数が記載されている。

資料によれば、乗馬人口は約7万人、乗用馬の頭数は約15,000頭となっている。

農林水産省生産局畜産部畜産振興課「馬関係資料」(p.63,p.65)(平成28年3月)よりCreem Panが作成


全国に40か所近い乗馬施設を有する、業界最大手の一角である「乗馬クラブクレイン」のホームページには、会員数約4万人、馬匹数約3,000頭という記載がある。

乗馬クラブに所属せずに趣味で個人的な乗馬をするような、いわゆる“乗馬人口”に含まれていない人たちも一定数いるだろうが、一方で、約15,000頭の中には、サラブレッド以外の品種も多く含まれている。欧州から輸入された乗馬専用の品種の馬、日本で、乗馬に用いることを目的として育てられた馬なども在籍しているのである。

ここに、競走に特化したトレーニングを積んできたサラブレッドが、割って入れる枠は、いったいどれほど残されているのだろうか。

狭き枠をかけた、生存のための競争に、引退馬は再び身を投じることになる。

さらには、乗馬クラブにある馬房の数も限りがあるため、新しい馬が入ってくるという事は、現役でクラブに所属している馬が、居場所を追いやられるということになる。

これでは、たとえ引退馬が、乗馬の道へ進んだとしても、すぐに“乗馬の引退馬”が生み出されることにつながり、根本的な解決には至らないと言えるのではないか。

以上の事から、乗馬の市場規模では、すべての引退馬を受け入れることは、非常に厳しいと言わざるを得ない。

競馬を引退後、一握りの馬だけが、セカンドキャリアに進むことが出来る。

その他多くの馬は、生き残る道を絶たれてしまうのだ。



海外で導入されている“トレーサビリティ”という概念


引退馬が“行方不明”になることには、どのような背景があるのだろうか?

これには、本記事と同じく、『Loveumagazine.』で公開中の、「生かすことが幸せなのか」でも紹介したように、乗馬の名目で競走馬登録を抹消された馬の多くが、肥育場を経由して肉となり、それを人々が口にしているという現実がある。

役目を終えた馬を肉にするという、家畜商の存在も、巨大な競馬産業のサイクルの中では、必要不可欠なものとなっている。

ただ、競走馬が肉へと姿を変える一連の流れは、競馬の振興に力を入れる主催者からすると、あまり明るみに出したくない話でもあるだろう。その事実を知り、抵抗を感じてしまう人たちが、手放しに競馬が楽しみづらくなってしまうことは、可能な限り避けたいというのが本音なのではないかと考えられる。

つまり、引退馬の中には、データ上では乗馬になっているはずが、実際は家畜商の手へと渡り、肉へと姿を変えた馬が多く存在していて、これが“行方不明”となっている引退馬の正体ということになる。

では、海外の競馬主要国でも、“行方不明”となる馬は存在しているのか?

実は、日本以外の競馬主要国の中では、馬に対してトレーサビリティというものを導入しているところもある。

トレーサビリティとは、流通経路の情報をオープンにし、製品の生産から消費までを把握することができる仕組みのことだ。

これを競馬にも導入しているという訳である。

このシステムがあれば、引退馬が、“行方不明”になることはない。

実際に、日本でも、牛の流通は可視化されている。

耳についているタグには個体識別番号が記載されており、生産からと畜、並んでいる肉屋や提供する飲食店に至るまで、その流通経路がすべて把握できるようになっている。

では、その仕組みを、日本の競馬界でも導入すればいいだけの話ではないのか?

実は、日本国内の生産馬にも、2007年からマイクロチップの埋め込みが義務化されている。

このマイクロチップには、15桁からなる固有の識別番号が記録されており、専用の機械で個体識別ができるようになっている。馬の取り違えであったり、情報の改ざんであったりを減らしていくというのが、主な目的となっている。

つまり、日本でも競走馬のトレーサビリティを導入することは可能だと言える。

今あるマイクロチップのデータを、競走馬からお肉になるまで、公開するというだけで、決して技術的に難しいことはない。

“行方不明”の引退馬を無くすには、日本でも、このシステムの導入することが、必要不可欠となってくるだろう。ただ、これは技術的には可能というだけであり、先にも挙げた理由によって、現在に至るまで実用化の動きはない。

現状の引退馬を取り巻く情勢の中では、この情報、引退馬の行き先が正式に公開されない限り、“行方不明”の引退馬が、おそらくは今後も減ることがないと言えるのではないだろうか。



引退馬問題の今


これまでも競馬業界では、引退馬問題の解決策として、競馬産業の縮小や、生産頭数の縮小について、多くの議論がなされてきた。

これらは、現実にどういった影響をもたらすのだろうか。

まず、“競馬産業の縮小”について考える。

令和3年現在、中央競馬の馬券の売り上げは年間3兆円を超えた。

その売り上げは、JRA公式サイトの記載によると、馬券の売り上げの内、約75%が払い戻し、約15%がJRAの運営費、残りの約10%は国庫に納付されている。




更に、各事業年度において利益が生じた場合、その額の約5割は追加で国庫に納付される。

なお、令和3年のJRAによる国庫への納付金は約3,500億円に上る。

この国庫納付金は国の一般財源へと繰り入れられ、そのうち約75%が畜産振興、約25%が社会福祉に活用されている。

この巨大な競馬産業は、国の貴重な財源となっていることが分かる。

“競馬産業の縮小”が、国民の生活に及ぼす影響は大きい。

この策がとられていない理由には、こういった背景があるのだ。

では、生産頭数の縮小はどうだろうか。

天皇賞春で、連覇をかけたメジロマックイーンと、クラシック二冠馬トウカイテイオーの対決が注目された1992年。

この年は日本競馬史上、最も多くの競走馬が生産された年でもあった。

続いては1992年と2017年の各統計から、“生産頭数の縮小”を考える。


農林水産省生産局畜産部畜産振興課「馬関係資料」(p.18)(平成28年3月)よりCreem Panが作成



この統計から読み取れることは、生産頭数の減少が、生産牧場の減少に直結しているということだ。

つまり生産頭数を縮小すると、生産牧場での雇用が減ってしまい、失業する生産者が増えるということになる。

生産頭数が約3割減っているのに対して、繁殖牝馬の飼養戸数、つまり、生産牧場が約6割減っているというデータも興味深い。比較すると、1つの牧場にいる馬の頭数が、平均的に高くなっていることが分かる。つまり、小規模の牧場は廃業し、馬たちが大牧場へと移動したとみることも可能だろう。

おそらく、他の競馬産業従事者にも、同じことが言えるのではないだろうか。

更に、もし、引退馬を減らすために、生産頭数を縮小したとすれば、多くの種牡馬や繁殖牝馬がその役割を失い、多数の新たな“引退馬”が生まれることも考えられる。

“競馬産業の縮小”や、“生産頭数の縮小”が与える影響は、競馬産業従事者のことを考えると、かなり大きなダメージとなることは勿論、国民への影響もゼロではない。

ここまで競馬産業が大きく発展し、更には、引退馬問題に対する具体的な施策がこれまでにとられなかったこともあり、思い切った方向転換をできないのが現状であると考えられる。

 

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