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知っていますか?”馬の資質の4分類”|宮田朋典の「馬をつくり直す極意」3/4


ここからは、リトレーニングのより詳細な部分を、心理行動学とナチュラルホースマンシップの知見をもとに紐解いていく。宮田さんは、まず馬のタイプを判断したうえで、適したアプローチ方法を導き出し、リトレーニングを進めていくという。



馬の資質を4つに分類する


「それぞれの馬に適したアプローチ方法を導き出しリトレーニングを進めていく上で、まずは馬の素質を4つに分類していきます。分類には、内向的/外向的という軸、左優位/右優位という軸を使います。それぞれの馬に個別指導としてプログラムを組んでトレーニングをする中で、同じ属性を持つほかの馬にも、そのプログラムが転用できるのかを試していきます」


内向的・外向的というのは、その言葉の通り馬の気質を表しているが、左優位・右優位というのは、左脳が強い馬か、右脳が強い馬かと言うことを示す。馬も人間と同じく、左脳は思考力、右脳は本能をつかさどっているという。


宮田さんの指示に対して思考するサラブレッド(本人提供)


「若いサラブレッドは右脳が優位の馬が多いんです。若いうちに左脳に切り替えるスイッチを作っておくのは、本来であれば大事なことなんですが、競馬業界においては、競うことを目的に育てられますので左脳へアクセスする考え方そのものが、意識さえされていません。ちょうど競走馬が2〜3歳の頃に、短距離馬から中距離馬になったりすることがありますよね?あれは、年齢を重ねるにつれて、左脳が少しずつ活性化してきたことによるものです。左脳が少し優位になる時期には、筋肉やスタミナ、持久力が生まれるからです。ただ、競馬業界では、右脳を主体とした、本能を研ぎ澄ませる方法や調教が多いです。それが乗用馬となろうとすると、今度は急に左脳を活性化させなきゃいけないのですから、馬の方も大変です。彼らの左脳を活性化させられるように導くのが、リトレーニングの本質のひとつです」


馬の資質 4つの分類表(取材をもとにCreem Panが作成)


内向的な馬は、段階的評価で導いていく。馬を安心させながら、トレーニングの過程の部分で評価したりして、褒めることを意識するという。対して、外向的な馬には目的を見せて導いていく。そこには、ひとつのコツがある。


「ある意味、受け身を演じ、受容していきます。完全に人間の支配下に置こうとはせずに、そこから少しずつ目的に対して能力を発動させるようにします。例えると、闘牛のような感じですね。こちら側が闘牛士の役割をして、プレッシャーがかかる場面でこちら側に踏み込んでくる姿勢を見せた時に、褒めてあげるんです」


宮田流 馬の性格別コーチング法(取材をもとにCreem Panが作成)

それぞれの馬が持つ性質は、その後の進路にも大きく影響する。

一般的に、内向的な馬はいわゆる乗馬クラブで一般のお客さんを乗せる乗馬に向いていて、外向的な馬は、競技として選手やプロが乗る馬術馬に向いている。

どちらも乗用馬ではあるものの、馬術馬には、1頭になったときにどれだけ強く我慢が効いて、目的に対して能力を発動できるのかが求められる。そうした点から、負荷がかかる場面で自分から仕掛けていけるような外向的な馬は、プロ馬術に向いているというのだ。



人が招いてしまう馬の問題行動


しかし、日本の乗馬界には、そうした馬の気質を考えずにトレーニングを積む傾向がある。

そのことで起きる弊害は、少なくない。


「引退馬もしかり、まず最初に、人と馬との関係性を学ばなければいけません。それは先にも話したように、これまで競うことに特化したトレーニングを受け、互いの馬との関係性を断たれた環境で飼われてきたことで、そういった社会性が欠けているからですね。ただ、日本の乗馬界では基本的に馬術の競技にまつわる部分を教えることばかりで、部班(※)などで教えるべき躾の部分が不足している傾向にあります。本来は部班などの馬場運動で、内面的な部分を教えていかないといけないのですが、その部分を疎かにして外向的な馬術の部分を教えてばかりいると、今度は格下をやっつけようとする考え方になってしまうんです。そして、格下をやっつけるという行動に出るときに手っ取り早いのが、周囲にいる優しく弱い人間であり…結果的に、馬の問題行動を招いてしまうんです」


※部班…「前の馬に付いていく」という、馬の習性を利用して行うグループ運動のこと。


宮田さんが「馬だけではなく、同時に人への教育も必要だ」と語る背景には、こうした現場を幾度となく見てきたからでもある。

引退馬の活躍の場を広げていくためには、グラウンドワークを介して、人は安心できる、個体として認めてくれるんだという内面的な部分を教えていかなければならない。乗用馬としてトレーニングするだけでは、一時的に馬を大人しくするための技法というものに落ち着いてしまいがちだ。それでは結局、乗馬クラブで一般のお客さんが乗る練習馬としての道しか残らない。

人へのナチュラルホースマンシップの教育を行っていくことで、「馬に考えさせる能力を作ることが可能な人材」「馬の可能性を狭めてしまわない人材」を育てていく必要もあるのだ。



種付け成功のカギとなる"ハンドリング"


宮田さんは、岡山でリトレーニングをする以外にも、各地で講演会を開いている。

その受講者は乗馬を楽しむライト層だけではなく多岐に渡り、その中にはプロのホースマンもいる。今では社台スタリオンステーションにも、講師として毎月呼ばれているそうだ。


宮田さんと社台スタリオンテーションのスタッフたち(本人提供)


社台スタリオンといえば競馬ファンなら誰もが知るほどの超一流のスタッド(※)で、過去にはディープインパクトやキングカメハメハなど、名だたる歴史的名馬が所属してきた。そんな日本競馬界を牽引するスタリオンで、宮田さんはどのような講習をしているのだろうか。


※スタッド…種牡馬たちが在籍する牧場の呼称


スタリオンスタッフに向けた講習を行う宮田さん(本人提供)


「主にハンドラー(馬を持つ人)への教育をしています。それから種牡馬の心理状態のチェックとそれに対するケア、オフシーズンの体づくり、管理方法なども盛り込んでいますね。スタリオンでも、特に種付けのシーンにはハンドラーの存在が重要となります。ただ馬のロープを握っていればいいという訳ではなく、ロープを介したコミュニケーションが最も大切なんです」


ロープ操作の技術をハンドリングと言い、ハンドリングとロープワークの総称をグラウンドワークと呼ぶ。そして種付けがうまくいくかどうかは、このハンドリングの技術に掛かっていると言っても過言ではない。

例えば、種牡馬が種付け場へ入ってくる際は、性的な興奮と緊張による興奮が入り混じっている状態だ。その入り乱れた感情をうまく導き緊張を抑えていくことで、種付けに必要な精神状態が整う。

逆にハンドリングで馬が機嫌を損ねて怒ってしまったり、緊張からくる興奮のままで部屋に入れてしまうと、射精の時間も短くなってしまうといったデメリットが発生する。そうした失敗は、繁殖牝馬が受胎しない可能性を高めてしまう。


社台スタリオンに在籍するようなトップサイアー達の種付け料は、1回数千万にのぼることもある。不受胎だった場合の返金制度なども存在はするものの、1シーズンで扱える頭数にも限りがあり、もし不受胎が続いた場合は、大きな損失となる。だからこそ、このハンドリングに関しては、最高レベルで取り組まなければならないのだ。


「例えば、親指を下に向けた握りと、上に向けた握りでは、持ち上げた際にチェーンがどのように連動して、どの場所に作用すると、馬がこの動きに入るとか。そういった細かい部分まで教えています。親指の向きが変わるだけで、結果的には首の高さが変わって、感情のコントロールと、コミュニケーションの質が変わっていきます。馬が上を向いて興奮しそうなところを、下へと導いて一時的に緩和させたり。逆に興奮がない時には、首の位置を上に導いたりしますね。実際は単純に上と下の2種類というわけではなくて、それぞれの角度によって、技法や効果にもグラデーションが生まれます。すべてのポイントに接点があって、熟練したハンドラーはそれで種牡馬と意思疎通ができるんです」


ハンドリングのコーチングをする宮田さん(本人提供)



馬を育て、人を育てる

宮田さんの講習会は、ハンドリングについてだけではない。

内容は多岐に渡り、例えば種牡馬のオフシーズンにおける体づくりについても、講習では触れている。


オルフェーヴルのトレーニングをする宮田さん(本人提供)


「例えば、種牡馬の立ち姿を見て『この馬は牝馬をホールドしにくいな』といった判断をしてあげるんです。そして『ここの筋肉が衰えているから、このトレーニングとこのケアをしてあげよう』『ここで対策を打たないと、種付けできる頭数が減ってしまうよ』といったアドバイスをしていきます。社台スタリオンの皆様も、感覚的にはわかっていても、理論として理解している人は少ないように見受けられます。ですから、今まで感覚でやっていたもの分析して、立証し、それを再現するという流れを取ります。それで実際に成功率が上がってくると『なるほど、こういうことだったのか』と、本人の経験として立証することが出来るんです。そして次世代にその経験と理論を伝えていく──。そのために、技術の教え方や伝え方まで含めて、教えていけたらと思っています」


馬を育て、人を育てる。そうして馬たちの生きる環境をよりよいものへと導いてきた宮田さん。

次回は、宮田さんの送り出した"卒業生"ともいえる馬たちが、どのような進路を歩んでいくかを伺っていく。


(つづく)

 

取材協力:

宮田朋典

認定NPO法人 サラブリトレーニングジャパン


取材・文・制作:片川 晴喜

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

監修:平林 健一

著作:Creem Pan

 


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